計算迷宮(6)
「ミルクセーキの味はどうでしたか?」
「とても美味しかったよ。できればオーダーシステム用のレシピを教えて欲しいんだけど」
ああ、と何故かケミコさんはため息のような雑音を発する。しばしあって返事が帰ってきた。
「がっかりしないでくださいね。この建造物はわたしの立ち上げ機として造られただけでなく、胞障壁を超えるための母艦も兼ねていたんです。食用の動植物を養殖する部分もあって…」
ああ、とジルフーコは納得した。
「つまり、本物なんだ」
「地球産ではありませんけどね。原細胞がダー固有種のものです」
「でも、そんなの維持するのは、大変なんじゃ…」
ここで、ハッと気づいたジルフーコはまじまじとケミコさんを見つめなおした。
「もしかして、ボクらのためだけに再稼働させたの?」
「胞障壁を超えて来られたのだから、これぐらいの歓待はむしろ当然でしょう」
もしケミコさんに胸があったなら、大きく張っていただろう、そんなことすら感じさせるような声だった。
「もっとも、再稼働と言ってもたいしたことはないんです。エネルギーは余ってますし、わたしにとっても久しぶりの仕事で楽しかったですよ」
「じゃあ、せっかくだから」ジルフーコはグラスをケミコさんの天板に置いた「おかわりをお願い」
「喜んで」
ケミコさんは回れ右をして、いそいそとグラスを持ち去った。
「で、聞きたいことって何?」
ジルフーコはミルクセーキを少しずつ味わいながら、尋ねた。
「いろんなことです」ケミコさんが答える「すべての情報キューブは光子体を仲介にして接続されていますから、情報キューブに書かれていることなら、わたしにもわかります。知りたいのは他のこと、わたしの知らないことです。たとえばタケルヒノの秘密とか」
「ああ、あれね」ジルフーコはめんどくさそうに言った「あれはボクらはみんな知ってるし、タケルヒノだって半ばあきらめてるから、秘密ってほどのことじゃないよ」
「でも、情報キューブに載ってませんよ」
「そんなのに流したら、発狂するヤツが出てくるじゃない。たとえば宇宙皇帝とか」
「それはそうですね。でも、他の秘密もあります。サイカーラクラのこととか」
「それは、まあ、秘密というか…、それもみんな知ってるとは思うんだけど、タケルヒノと違って、本人が知らないみたいだから、まあ、うーん、秘密…、かな?」
「サイカーラクラのことは、わたしも少し知っています」
「それで、最初、彼女を呼んだ?」
「ええ、まあ…」
「でも、情報キューブにはそんなこと載ってないよ」
「わたしの持っている情報は基本的にどこを切りとっても無限大ですから、情報キューブになんか載りません」
「そうだったね。まあ、それはどうでもいいや。それより、彼女を呼んでどうする気だったの?」
「確かめるつもりでした」
「何を?」
「彼女が、わたしの知っているサイカーラクラなのか、それとも、わたしの知らないサイカーラクラなのか」
「で、どっちだったの?」
「彼女ときちんと話してみないと、よくわかりませんが…、どちらでもないようです」
「困ったね」
「ええ、困りました」
ケミコさんの中身に同情したのか、ジルフーコはひとつ提案した。
「ボゥシューとジムドナルドに聞くといいよ、別にタケルヒノでもいいけど」
またケミコさんは沈黙した。よく黙るコンピュータだな、とジルフーコは思った。
「あなたたちは、本当によく似ていますね」
「何が?」
「いえ、別に」
「今度はボクが質問していいかな?」
ジルフーコはミルクセーキを半分以上残しているが、まだ、ちみちみと飲み続けている。
「どうぞ」
「タケルヒノのこと、どう思う?」
ケミコさん、というかケミコさんを媒介にした第2類量子コンピュータは、しばし沈黙した。
「答えなくてはいけませんか?」
「答えなくていいよ」ジルフーコは笑った「ただの嫌がらせだから」
「では、そういうことにしておきます」
「1日に何度も考えるんだよ」なにか、うっとりした表情でジルフーコは言った「彼はいったい何なんだろうって」
「楽しそうですね」
「楽しいのかな?」
「楽しいですよ」
ケミコさんの形をしたものは断言した。
「答えの出ない問題をずっと考えるのは楽しいものです」
「答えのある問題は?」
「それは、わたしの場合、無時間で答えが出てしまうので面白くありません」
そのまま、ふたりは沈黙し、それぞれの時間に入っていった。帰りしな、ふと思いだしたように部屋の出口でケミコさんが振り向いた。
「夕食は腕をふるいますから、覚悟していてください」
「そういうのは、期待してください、って言うんだよ」
笑うジルフーコに、ケミコさんは決然と言い渡した。
「覚悟、で間違いありません、材料は上等だし調理法も完璧ですが、わたしは味見ができませんから」




