計算迷宮(3)
「第11惑星は直径2800キロメートル、地球の月より小さい。ダーはその周囲を回る人工天体で直径約100キロだから、宇宙船の20倍くらいだな」
ジルフーコが、ダーとその母星を壁スクリーンに映し出す。
「衛星、って言ってなかった?」
母星の周囲を回る銀白色の構造物を指してジムドナルドが言う。
「第2類量子コンピュータを造る前には衛星だった」ジルフーコが人工天体を拡大する「衛星の中をくり抜きながらコンピュータを作ったので、完成したときは全部がコンピュータになった」
「あれ、全部がコンピュータなのか?」
「できた当初はね、だいぶ経ってるから、いまはどうかわからないな」
「言ってることが良くわからんぞ」
ここでまたジルフーコが尻込みしだして、タケルヒノが説明を肩代わりすることになった。
「第2類量子コンピュータはその本質上、無限の容量が必要なんだ」タケルヒノが言った「これはコンピュータ内部で次元変換を行い、無限の次元を重ね合わせることで生み出している。外側は起動当初の建造物だが、第2類量子コンピュータの実体がどうなっているのかは、よくわからない」
「あれ、ガワだけなのか?」
ボゥシューが感心したようにスクリーンに拡大された銀白色の建造物を見つめる。
「ガワというより、次元変換用のフィールド発生機だ」
「動力は? と、それも次元変換で取り出すんだったな」
「そうだ」
「それで、あの中に無限大の内容量が存在している…、しかも計算する…、ということは」
「そう、よく似てるだろ、アレ」
ジルフーコがタケルヒノとボゥシューの会話に割り込んできた。ジルフーコ的には話に目鼻がついたと思ったのだろう。
「アレ、って何だ?」
我慢しきれずにジムドナルドが結論を急かす。
「アレの中身は胞障壁だ」ボゥシューは言った「胞障壁そのものというより、ごく近い類似のものだろうが、そうなんだろ?」
「ビンゴ!」ジルフーコが、ぱちん、と指を鳴らした「数学障壁が胞障壁だからね。その胞障壁に計算させようというのが、第2類量子コンピュータのそもそもの発想だ」
「だから胞障壁のタイプが違うとうまく計算できないんだ」
タケルヒノは言ったが、その口調は少し悔しそうに聞こえた。
「ダーの第2量子コンピュータのタイプが、ダーの胞宇宙をかこむ胞障壁と違うものになってしまったんだ。これは計算をはじめるまでわからない、原理的にどうしようもない」
「もしタイプがマッチしていたら?」
サイカーラクラが尋ね、そして、タケルヒノが答えた。
「そのまま、あの人口天体が宇宙船としてダーの住人を乗せて、胞障壁を超えて、別の胞宇宙に行っていたはずだ。それが叶わなかったので、住人は光子体転換で光子体になってこの胞宇宙から離脱した」
「第2類量子コンピュータを残して、か」
「そういうことだ」
「何で、ダーの住人たちは、そんなにここから去りたかったんだ?」
「太陽のせいだ」
ビルワンジルの問いにタケルヒノは即答した。
スクリーンのダーと母星が収縮し、脇によって、中央に太陽が描写される。
「ここからだと遠くて実感がわかないかもしれないが、ダーの太陽は赤色巨星なんだ。第11惑星と言っているが、残っている惑星は5個しかなくて、6個がすでに太陽に飲み込まれている。ダーの住人としても、あまり長居はしたくなかったんだろう」
「オレたちは大丈夫なのか?」
「いずれは縮退して新生爆発を起こすだろうが、今日や明日の話じゃない。安心していいよ」
「おい、タケルヒノ」ジムドナルドがやたら横柄な態度で声をかけてくる「みんなで、ダーに行くのは良いとして、いつもの多目的機じゃ、人数多すぎて狭いぞ。新しいのはちゃんと作ってるんだろうな」
「あれはボゥシューに言われて捨てたから、もちろん新しいのは造ってあるけど…」
「お、手際がいいな、感心、感心」
「ダーに行くだけなら、そんなもの使わないよ」
な、とタケルヒノとジルフーコは目配せしあった。
「じゃあ、どうする気だよ?」
「宇宙船をそのままダーにドッキングする」
「何?」
「だから、宇宙船をそのままくっつけるの」
ジルフーコが、呆気に取られた顔のジムドナルドに、追い打ちをかけるように説明をはじめた。
「向こうに宇宙船専用のドッキングポートを作ってくれてる。もう宇宙船の制御も向こうに渡してあるんだ。着いたらドア開けて歩いて行くだけだよ」
「大丈夫なのか?」
さすがのジムドナルドも不安げな顔つきだ。
「大丈夫、大丈夫」タケルヒノはお気楽に答えた「宇宙最大のコンピュータ相手に大抵のごまかしは効かないよ。向こうがその気なら、もう何かしてきてるだろうし、そもそも彼には僕らに危害を加える理由がまったくない」
「そうか? 俺なら理由なんていくらでも思いつきそうだが」
「あのさ、ジムドナルド」
めずらしくタケルヒノがニヤついた顔で諭すように言う。
「あのコンピュータ、実はかなり頭がいいんだよ。君は賢い相手にはいつもどう接するんだ?」
「正直に礼儀正しく振る舞う」
憮然とした表情で、ジムドナルドは返事した。
「向こうもそうしてきている」
タケルヒノは皆をぐるりと見回した。それで不安はほぼ解消されたようだ。
「だから、僕らもそうする。心配いらない。彼は、しばらくの間たったひとりでいたんだ。お客なら大歓迎だろう。孤独に自分を見失うなんていうのは、馬鹿なやつのすることだから」




