計算迷宮(2)
「向こうの言い分は言い分としてだ」
とにかくジムドナルドがうるさくてかなわない。誰か適当な人間を見つけると、見境なく講説をたれながすのである。本人は気分がいいだろうが、捕まった人間はかなわない。
「こっちが向こうの言うとおりにしなきゃいけない法はない」
もちろん、宇宙船の乗員は、誰もそんな気はないのである。
それを踏まえて、わざわざ言ってくるのだから、腹も立とうというものだ。
「オマエ、ただ単に指名がなかったから拗ねてるだけだろうが、たいがいにしろ」
こういう時のボゥシューは、まるで容赦がない。
「あぁあ?」ジムドナルドは、よくわからないうめき声を上げた「そういう下世話な話をしてるんじゃないんだよ。もっと高いところから物事を見すえて、俺達は価値の共有をはからなければならないんだ」
「そんなの、どうでもいいが、ワタシはダーに降りるからな」
「個別の話に物事を帰着するなって話をしてるんだよ」
「オマエが降りたくないないなら留守番してろ。ワタシは降りる」
「俺は、ダーに降りたいんだ」
「そういうことはワタシじゃなくて他のヤツに言え」
「誰に言えばいいんだよ」
「オマエが、まっとうなスジの通し方を知ってるんなら…」
ボゥシューはここで一度、言葉を切った。ここで尻尾まいて逃げるようなら、可愛げもあるが…
まだ偉そうにドヤ顔を晒しているので、ボゥシューはとどめを刺すことにした。
「そういうことは、第2類量子コンピュータに言え」
「サイカーラクラがね」
イリナイワノフは、器用にピーマンを摘み取っていくビルワンジルの指先を見つめながら話す。
「この間から落ち着かなくて、大変なんだ」
「そうか」
ビルワンジルはイリナイワノフに目を向けそう言ったが、両の手は、まるで別の生き物のように作業を止めない。
「やっぱり、いきなり呼ばれたら、いろいろ考えるよね」
「そうだな」
「ビルワンジルは心配じゃないの?」
「何が?」
「サイカーラクラのこと」
食べごろの大きさのピーマンは全部取り終えた。ビルワンジルは、ようやくイリナイワノフに向き直った。
「オレも一緒に降りるさ」
「え?」
「イリナイワノフも一緒に行くだろ」
ビルワンジルは当たり前のように言った。
「うん」
イリナイワノフも当たり前に返事した。
「タケルヒノはダーに降りるかい?」
ジルフーコは言った。
「まあ、ご指名だからね」
コンソールから目を離さず、タケルヒノは生返事する。
「じゃあ、こっちのほうは面倒見とくよ」
え? という顔で、タケルヒノがジルフーコを見る。
「ジルフーコは降りないの?」
え? と、今度はジルフーコが驚いた。
「だって、キミが降りるんなら、ボクが残らなきゃいけないだろ?」
「残ってても、残ってなくても同じだよ。相手は第2類量子コンピュータなんだから、向こうのエリアに入ったら、こっちのコントロールなんかきかないよ」
「ああ、そうか」なにか、ジルフーコは納得して、肩の荷が降りた気がした「じゃあ、ボクも降りよう」
「そうだ、そのほうがいい」タケルヒノは不意に思いついたらしく、急に声が大きくなった「ザワディだ、ザワディを忘れてた。あぶない、あぶない」
「彼も行くのか?」
「当たり前だろ。置いていく気だったのか?」
自分だって忘れてたくせに、ジルフーコは思ったが口にはしなかった。
「ヒューヒューさん」
「はい、何でしょう?」
「ヒューヒューさん、何かよくわかりませんが、みんなで行くことになったらしいです」
「みんな、って、どこに行くんですか?」
「ダーです。第2類量子コンピュータのところです。私、最初、3人だけって言われて、すごく不安だったんですけど、みんなで行くことになって、とても安心しました」
「あの…、サイカーラクラ…」
ヒューリューリーはとても落ち着きなく体を振って、それは如実に発音にもあらわれた。
「みんなで行くって…、どういうことですか?」
「何人で来てもよいというお話だったらしくて」サイカーラクラは浮ついた調子で言った「私、そのへん、よく聞いてなかったんですけど、タケルヒノがみんなで行くことに決めたらしいです」
「大丈夫なんですか?」
「何が、ですか?」
サイカーラクラが真顔で尋ねてきたので、ヒューリューリーにはそれ以上、体を回すことはできなかった。




