再びセルレスへ(4)
無重量区画、管制室、また最初の時のように宇宙服着用で、皆が集まってきた。もちろん、ザワディも一緒だ。2度めということもあって、ヒューリューリーをのぞいては、落ち着いているように見える。
壁いっぱいに外の様子が映し出されるのも同じ、白と黒に明滅する点描のような光の川が見える。この景色のようなものは胞障壁ごとに違うようだ。
女の子たちは、ザワディを囲んでくっついていた。これもまた、前回と同じだ。
光の川は文字通り光速で後方へと飛ぶ、光速というのは比喩であって、時間の概念のあやふやな胞障壁では、そもそも速度が存在しない。
「あまり緊張するな、リラックスだ」
ヒューリューリーにジムドナルドが声をかけた。サイユルが緊張しているかどうかなど傍から見てわかるはずもないが、そこはやはりジムドナルドだ。
「自分を見失うなよ。ことによると胞障壁を超えるのは情報体を維持するのより骨が折れるかもしれん」
「それは、前回の経験からですか」
ヒューリューリーは操作盤を叩いた。宇宙服のせいではなく、体が動かなかった。
「俺の感じだと、前回、なんてのは役に立たないな。胞障壁は、たぶん、その度に違う」
「胞障壁を超えるのには、あとどれくらいかかるのですか?」
「この前もみんな同じようなことをタケルヒノに尋ねていた」ジムドナルドの笑い声は乾いていた「もう誰もそんなことは尋ねたりしない、だから、ヒューリューリー、もう少しの辛抱だ」
「辛抱、ですか?」
「そうだ、今、ジルフーコが宇宙船の操縦してるだろ? もうすぐタケルヒノと変わるから、そうしたら、すべてわかるよ」
心の奥底に染みこむような、ジムドナルドの声に、ヒューリューリーは何かを思い出しそうになった。誰かの忠告だ。いったい何の忠告だったか。
「おい、どうした、ボーっとして」
ジムドナルドがヒューリューリーを横からつついた。
「あ、すみません、もう少しの辛抱ですよね」
「辛抱? 何が?」
ジムドナルドはヒューリューリーの前で手をひらひらと振る。
「夢でも見てるのか?」
「夢?」
「そう、夢のはざま」
ザワディの首を抱きかかえたボゥシューが振り向く。
「胞障壁は、夢のはざま」
ヒューリューリーは猛烈な孤独感に苛まれた。
生まれてから、ずっと、ひとりだったのに。
そんな中でもまったく感じることのなかった孤独。
「我慢しなくていいんですよ」
サイカーラクラの声がヘルメットの中に響く。
「あなたの欲しいものはなあに?」
イリナイワノフとザワディが近づいて来て、ヒューリューリーにその指が触れそうになった刹那。
ぱーん、とはじける音がして、ヒューリューリーは我に帰った。
目の前に、ビルワンジルの両手が合わさっていた。
「まだ、寝ちゃだめだ」ビルワンジルが言った「本番は、まだこれからだぞ」
「本番?」
ビルワンジルは答えず、黙って操縦席を指し示す。その指先が、光の川に溶けていく。
操縦席には、もうタケルヒノが座っていた。
「慣れないうちは、そんなもんだよ」ジルフーコが笑う「でも、大丈夫だ。みんないるよ」
「ジルフーコは慣れましたか?」
「慣れないよ。ジルフーコは言った「胞障壁は慣れるようなものじゃないから」
ヒューリューリーはタケルヒノの背中をじっと見ている。
「何を見てるの?」
「タケルヒノを」
「タケルヒノ?」訝しげな顔でジルフーコが操縦席を指差す「あれがタケルヒノに見える?」
「だって、ジルフーコ、あなたが操縦していないのなら、もうタケルヒノしか…」
「ジルフーコ?」ジムドナルドが指差して言う「こいつがジルフーコ?」
「じゃあ、わたしは誰?」
そう言ったのは、サイカーラクラだったか? ボゥシューだったか?
光の川がぐるぐる回りだす。
何かが違う、ヒューリューリーは思った。
さっきから、ずっと違う、何のせいだ?
胞障壁のせいだ。それはわかる。
では、誰を信じればいい?
タケルヒノか?
ヒューリューリーはもう一度操縦席を見た。
誰もいない。
――そんな
じゃあ、誰を信じる?
自分自身を、誰かが言った。
自分を? じゃあ、他のみんなが違うのか?
違う。違う。違う。違う。
皆が全部違うなんてことは在り得ない。
皆、それぞれ、確固とした自分を持っていて、胞障壁などで揺らぎはしない。もし、違うものがいるとすれば…
「違うのは、私だ」
強烈な風切音がヒューリューリーを見舞い、その細長い体が端から光の川に混じりあう。
「私が違う、でも、それでも…」ヒューリューリーの体が裂けそうになり、もはや何で発音しているのかさえわからない「それでも、私は、私を信じたい」
「それが、あなたの望み?」
「そうです」
「それなら、わたしの所においでなさい」
「よく、がんばりましたね」
そう言ったのはタケルヒノで、他のみんなもヒューリューリーを囲んで心配そうにのぞき込んでいる。
「正直、もうだめだと思いました」
ヒューリューリーにはもう体を振る元気はなく、弱々しく操作盤を叩いて会話する。
「そんな弱気にならないでください」タケルヒノは言った「僕は絶対、大丈夫だと思ってました。だからこそ、あなたを宇宙船に乗せたんです」
「じゃあ、私は胞障壁を超えられたんですね?」
「そうです」タケルヒノはヒューリューリーの問いに笑顔で答えた「ここはダー、新しい胞宇宙です」




