からまる紐(3)
「ちゃんと寝ていますか? ジルフーコ?」
「あ? ああ、大丈夫だよ、サイカーラクラ」
ミーティングルームの定位置でコンソールにかじりついているジルフーコに、サイカーラクラは心配そうに声をかけた。
「遮断区域を出てから、ずっとそこにいますが」
「タケルヒノがケミコさんを山ほどサイユルにおろしちゃったからねぇ」一瞬、サイカーラクラに目をやっただけで、すぐさまジルフーコはコンソールに視線を戻す「それはしょうがないとしても、ベルガーで作業した分のケミコさんをボゥシューが中に入れさせてくれないんだ。洗浄計画まで出させられて、全収納まであと2週間だよ。最初は全部廃棄だなんて言い出すから説得が大変だった」
「増産するわけにはいかないんですか?」
「え? 何を?」
「ケミコさんです」
「増産、というか補充は常にしてるよ。優先順位も引き上げてるけど、情報核の生成が律速になるから何とも…」
「筐体だけ作って情報核を入れ替えれば良いのでは? 古い筐体だけを廃棄すればボゥシューも納得すると思いますよ」
「それだ」ジルフーコはサイカーラクラを指差し感嘆の声をあげた「それなら最短2日ですむ。問題は半分解決。だけど…」
ジルフーコは苦笑いしながらつけくわえる。
「キミとかボゥシューとか、そもそもタケルヒノにしてからが、よく物を捨てるよね。ボクは貧乏性だから、なかなかそれができなくて困る」
「物より時間です」サイカーラクラは素っ気無く言った「あとは私がやりますから、ジルフーコは睡眠をとってください」
「だいじょうぶだってば」
「嘘をついてもわかります」サイカーラクラは決然と言い放った「あなたとタケルヒノは嘘が下手ですからすぐわかります。タケルヒノはそもそもあまり嘘をつかないので、慣れていないだけですが、あなたはどうでもいい嘘が多すぎます。部屋に帰って寝てください」
「ヒューリューリーのこと、どう思う?」
タケルヒノは率直にボゥシューに尋ねた。
「心理バリアだのなんだのはわからん。ジムドナルドにでも聞いてくれ」
「そうじゃなくて、分子生物学的にだよ」
ボゥシューはとたんに沈黙し、目を閉じた。しばらくして目を開くと一言だけ呟いた。
「かつかつ、だな」
「ぎりぎり無理が出ない範囲でいじってる?」
「無理が出たから、サイユルがああなった、って言うほうが正しくないか?」
「それは結果論であって、遺伝子をいじった痕跡があるかどうかだよ」
「痕跡は、偶発性を加味すればいわゆる突然変異の域を出ない、自然と不自然のぎりぎり中間ぐらいだ。ただ分子生物学的じゃない見かたをすれば、状況から言ってあからさまなクロだろ」
「そうなるが、となると、結局、第一光子体のせいか」
「妥当な考えを選択すれば、そうなる。自分でやったら頭掻いて謝るが、他人がやったらしつこく追求する類の話だ」
「何考えてんだろうなあ、第一光子体は」
嘆息まじりにタケルヒノは頭を振った。
「何考えてるって、オマエとおんなじことに決まってるだろ」
何か言った? とタケルヒノが顔をあげて聞き返してきた。
「ケミコさんの補充計画がジルフーコから上がってきてる」ボゥシューはタケルヒノにコンソール画面を見るよう促した「サイカーラクラの案らしい。ワタシはこれで良いと思うが、タケルヒノはどう思う?」
「あたしに内緒にしてることあるでしょ」
唐突にイリナイワノフがビルワンジルを詰問した。
「タロイモは評判がいまいちなんで、ジャガイモにしようかと…」
「レウインデを狙ったね?」
「はずしたよ。逃げられた」
「そういう危ないことはあたしがやるから」さりげなく逃げようとするビルワンジルの右手をイリナイワノフがつかんだ「ビルワンジルは、もうそんなことしないで、ね、わかった?」
「いいよ」ビルワンジルはあっさりと約束した「イリナイワノフもそういうことやめてくれれば、いますぐやめる」
「あたしは、いいの」イリナイワノフはほっぺたをぱんぱんに膨らませて怒り出す「あたしはプロなんだから、そのための訓練を受けたんだから」
「光子体相手にプロも何もないだろ」ビルワンジルはすこしおどけて言ってみた「槍ならオレのほうが遠くまで投げられるぜ」
「そういうことを言ってるんじゃないの」イリナイワノフは怒りから一転、泣きそうな顔になった「あたしがみんなを守るの、ビルワンジルも守るの、そのためにあたしがいるの」
「オレもそうだ」ビルワンジルは淡々と言った「オレはみんなを守るし、イリナイワノフも守る。そしてオレ自身も守る」
言いかけたイリナイワノフを制してビルワンジルが続けた。
「イリナイワノフ、オマエは自分のことに無頓着すぎる。オマエが自分を守らないから、オレがオマエを守るんだ。もっと良い子にしていてくれれば、オレも無茶はしないよ」
ミーティングルームの一角には最近ソファが置かれるようになって、ジムドナルドはそこで寝転んでいることが多くなった。
「お前なあ」ジムドナルドは迷惑そうだ「俺の脚に巻きつくのやめろよ」
「解いたら逃げませんか?」ヒューリューリーは鎌首をもたげて回転させる「逃げないと約束したら、巻きつくのをやめましょう」
「なんで上から目線なんだよ」ジムドナルドは脚を振って引き剥がそうとするがはがれない「他のヤツに巻きつけばいいだろ」
「みんな忙しそうなので、邪魔しちゃいけないと思いまして」
「俺だって宇宙の行く末とか考えるんで、忙しいの」
「それは、暇、ということですね」
ザワディがのそり、とミーティングルームに入ってきて、不思議そうにジムドナルドとヒューリューリーのやりとりを見ている。ザワディに気づいたヒューリューリーが、ジムドナルドの戒めを解いて、こんどはザワディの胴体に優しく巻きつく。
ザワディはひとつ欠伸をすると、ヒューリューリーをお腹に巻きつけたまま、ビュッフェのほうに歩いていく。ヒューリューリーの巻きついたザワディが壁の向こうのビュッフェに消えると、中から黄色い歓声があがった。
「ちっ、女子供に媚ばっか売りやがって」起き上がったジムドナルドはソファの上に胡座をかいた「俺はああいう輩が大嫌いだ」




