閉塞空間(2)
初日は、全員、比較的なごやかに過ごしたのだが、二日目以降は、皆、部屋にこもって出てこなくなった。
理由は明白で、個室に備えられていたコンソールからアクセス可能な膨大な情報に、すっかり魅せられてしまったのである。
基本は船内構造とそれを支える技術基盤についての解説だが、そこから派生するあらゆる情報は数日ではとてもうかがい知れない。当然、全員がその知識を出来る限り吸収すべく、コンソールに齧りついたまま、幾日かを過ごした。
船内の共用スペースは、地球の24時間制にあわせてあった。つまり、朝は次第に明るくなり、夜は7時ころには消灯するようになっている。ただ、個室の中はその限りではなく、各々、体力の許す限り、自分の興味あるデータを閲覧した。少なくとも、この知識に対する貪欲さについては、宇宙船の選択に誤りはなかったと言える。
皆、似たり寄ったりの不健康な生活は、ある意味仕方がないことだった。だが、タケルヒノだけは若干毛色が違っていた。データの分析を再優先にしているのは、他のメンバーと同じだったが、彼は朝起きると、最初の日に食事をとった、あの部屋のコンソールを使って作業を行い、夜になると部屋に帰って寝る、ということを繰り返した。
他のメンバーは、ずっと自分の部屋でコンソールに没頭していたわけだが、さすがに四六時中では、気も滅入る。かと言って、他人の個室を訪問するのも気が引けた。
しかし、あのラウンドテーブルに行けばタケルヒノがいる。いつしか、リフレッシュが必要になると、皆、タケルヒノを訪れるようになった。
ある日、ビルワンジルがやってきてタケルヒノに言った。
「あんまり良い状況じゃないよな」
「そうだね。何とかしたほうがいいな」
「どうすればいい?」
「そうね。ご飯を一緒に食べるってのはどうだい?」
なかなか素敵なアイディアだった。
材料は自走ボックスに持ってきてもらって、軽く調理してみんなで食べる。7時、13時、19時の一日三回。もちろん、合間に情報交換もできるし、軽口も叩ける。雰囲気はだいぶマシになった。
三輪自走ボックスを「ケミコさん」と呼び出したのはジルフーコだ。なんでも日本のアニメにでてくるロボットにとてもよく似ているらしい。タケルヒノはそのアニメの記憶はないし、他に知っている人もいなかったので、あまり反対意見はなかった。「ケミコさん」でよかろう、ということである。
「ちょっと、手伝ってほしいことがあるんだけど」
その日の朝食時、タケルヒノが切り出した。
「重力区画2に行きたいんだけど、誰かつきあってくれないか?」
「全員?」
「いや、行ける人だけでいいよ」
重力区画2はいまいる居住区のちょうど反対側だ。遠心力による擬似重力を得る関係で、対象位置に同じ質量のバランサーが必要になる。そのもう一方の重力区画を見に行こうというのだ。
ジルフーコとサイカーラクラは、ちょっと都合が、とのことで、他の五人で出かけることになった。
「いやあ、このフワフワは気分がいいなあ」
ジムドナルドは中間の無重量区画にはいってごきげんである。
「何回か来た?」
ボゥシューの問いにジムドナルドはノーのサインを出した。
「さすがに、お勉強が忙しかったからなあ。実はあんなに勉強が好きだったなんて、俺自身ビックリしてる」
「オレもそうだ」ビルワンジルも同意した「向こう側のことなんてタケルヒノに言われるまで、すっかり忘れてた」
「何があるの?」
「ビオトープ」イリナイワノフの問いに答えたのはビルワンジルだ「大きさ的にあまり期待しちゃいけないんだろうけどな」
「そうだね」タケルヒノが引き継いだ「船内マップにはビオトープとあるからね。ただ、宇宙船もそれなりには頑張ってると思うんだ」
重力区画2へ続くエレベーターが停止し、ドアが開いた。
外に出たイリナイワノフとボゥシューが絶句する。
眼前になだらかな丘陵が下っていた。一面の草原と数本の低木。
「ああ、真ん中へんに池というか沼みたいなのがあるから、落ちないように気をつけて」
そう言ったのはジムドナルドだったから、意外と気配りは細やかなのかもしれない。
一面の、とは言っても、よく見れば両壁はほんの数十メートル先だし、奥行きも百メートル程度、天井までは十数メートルでそこは人工照明で覆われている。
「風?」イリナイワノフが頬に手を当てた。
「風ってほどかな、自然対流はあるけど」タケルヒノは天井を見上げた「たとえば、天井に空を投影したり、壁に草原の続きや山を書き足すのは簡単だけど。そうしなかった意図ははっきりしてるな」
「池には魚がいる?」ボゥシューが尋ねる。
「小魚ならいるかもしれない、けど…」ビルワンジルも少し寂しげだ「食物連鎖の上位群を維持するのは、この広さでは無理なんだ。藻やプランクトン食べて生きられるくらい、あとは虫かな」
「何か動いた」ボゥシューが叫んだ。
「ケミコさん、だな」ジムドナルドが足元の石を拾って、軽く投げた。ケミコさんにコツンとあたった「車輪じゃなくてクロウラーだ。荒地仕様のケミコさんもいるんだ」
「ケミコさんがいるってことは、このビオトープは閉じていない。維持するには、手入れが必要で、だからケミコさんが巡回してる」
「理想をいったらキリがないけど」タケルヒノは笑った「ちょっと、すみっこ借りて野菜育てるくらいはできるんじゃない?」
「どういうこと?」イリナイワノフが聞いた
「合成タンパク質、合成脂肪、合成炭水化物だけだと、さすがに飽きるでしょ。エネルギーコストを考えればやむおえない選択だと思うけど。野菜栽培するくらいの贅沢は許してもらえるんじゃないかなあ、そう思って下見に来たんだ」
「種はどうする?」
「宇宙船が持ってる」タケルヒノはボゥシューにウインクした「トマトとかイモとかナスとか、千回くらい失敗しても余裕なくらいストックがあるみたいだから、多少、失敗したとしても宇宙船も怒らないんじゃないかなぁ」