天蓋の杞憂(5)
「や、やあ」
出鼻をくじかれた感のレウインデは、とりあえずの作り笑いで繕う。
「呼ばれたからね。来たんだけどね。まあ、普段は呼ばれたって来ないんだけど、君たちもいるしさ。それに私、そもそもこういうこと好きだし、それでまあ、たまにはいいかなー、とか…」
くそったれ、また随伴する光子体が言う。
「ああ、わかったよ、もう」レウインデは隣の光子体をたしなめる「彼ね、ゴーガイヤ君、どうしても君たちに会いたいらしくて、連れてきたんだけど…」
「ああ、名前だったんですか」ジムドナルドはゴーガイヤに手を振った「いつぞやは、すみませんでしたね。突然でよくわからなくてね」
ゴーガイヤはジムドナルドを無視して、多目的機を指し、レウインデに何か言っている。
「えーっ、やめときなよ。今日はそんなことしに来たんじゃないんだから」
レウインデがたしなめてもゴーガイヤは聞かない。両手を広げて光弾を撃ちだす。多目的機はとくに避けるでもなくシールドで光弾をはじき返した。
「こら、ちょ、待ちなさい、って。ほんと、君ってば短気なんだから…」
「どうかしたんですかー」
ジムドナルドがわざと間延びした口調でレウインデに問いかける。
「あ、ごめん、なんでもないんだよ。ちょっとこの子が、勝負する、とか、おかしなこと言い出して、ね、やめな。ほんと、いい加減にしないと、私、怒るよ」
「あのー、何だったら、こっちで相手しますよー」
え? という表情のレウインデを押しのけて、ゴーガイヤが前に出ると光弾を雨あられのようにジムドナルドに降らせる。
光弾がジムドナルドに当たるより速く、ジムドナルドのスーツが燦然と輝きだし、ゴーガイヤの光弾をすべて中和した。まわりの兵士たちは光と光の応酬に目がくらみ、ろくに前も見えない。怒り狂うゴーガイヤが次の光弾を撃ちだそうとした、その時。
ジムドナルドの後ろから、助走をつけたビルワンジルが、ホップ、ステップ、最後の効き足をふんばると、体をそらして手にした槍を投げつけた。
穂先に光の渦をまとった槍は一直線にゴーガイヤを貫き、光子体は周囲に光を撒き散らして四散した。
「あ~あ、だから言わんこっちゃない」
レウインデは光の靄のなかからゴーガイヤの核を探し出して回収した。
「やっとおとなしくなった、感謝」
「どういたしまして」
「さっきも言ったとおり、私、こういうの嫌いじゃないんだ」
レウインデは周りの兵士たちを見下ろしながら話す。すでに戦意といったものはかけらも見えない。ただただ、その場にすくんで動けない者たち、おびただしい数の腑抜けがとりかこんで、レウインデを見上げている。
「最初の光子体も皇帝陛下も、民の進化に手を出すな、っていうけどさ、さんざん自分らはやってるのにね。私がやると、やれ、やり方が悪いだの、滅亡しただの、希望が絶たれただの、うるさいんだよ。だから、君たちがこういうことするのは、実は大好き。本当は応援に来たんだよ。何か変なことになっちゃたけど」
「十分、応援になったから、大丈夫ですよ。ゴーガイヤさんにもよろしく言っといてください」
ジムドナルドの言葉にレウインデはうんうんと肯く。
「ゴーガイヤ君もこんなになっちゃったからね」レウインデは掌の中で核をこねくり回す「とりあえず今日は帰るから、他の皆さんにもよろしくね。また来るから」
レウインデが空に吸い込まれていくように消えるのをしっかり確認してから、ジムドナルドはビルワンジルだけに回線を開いて、言った。
「狙ったな?」
「ちょうど2人が重なったんでな」ビルワンジルは顔色ひとつ変えない「逃げられたが、こっちも遠くに飛ばす競技なんだ。的を狙うのはあまり得意じゃないんで勘弁してくれ」
「今後も隙があったら、こんな調子で頼む。数撃てばまぐれで当たるかもしれん」
「いいのか? ずいぶん仲が良さそうみたいだが」
「冗談言うなよ」ジムドナルドは念押しした「ああいうヤツとは仕事以外では絶対につきあわないことにしてるんだ。…さてと」
ジムドナルドは前に進み出ると、跪いて震えている王の尻を蹴っ飛ばした。
蹴られた王はゆるやかな坂を鞠のように麓にむかって転がっていく。その挙動に王自身の意思が働いていたかどうかは定かではないが、方向は王の所望したまさにそのものだったろう。
兵士たちも王に倣った。正気に返ったら、とてもこの場になどいられるものではない。王と違って転がりこそしなかったが、逃げ足の速さは上回り、後方の連中が気づいて逃げ出すまで、しばし揉み合いが続いた。
数千の大群が、消えていなくなるまで、さほど時間はかからなかった。
「ジルフーコ」ジムドナルドがヘルメットの中で叫んだ「俺たちを回収してくれ。そろそろはじめるぞ」
「ヒューヒューにもちゃんと声かけてね」
ヘルメットの中にイリナイワノフの声が飛び込んできた。
――そう言えば、忘れてた
ジムドナルドがテントの中に入ろうとして入り口で立ち止まった。何事、とビルワンジルがジムドナルドの肩越しに中をのぞく。
ひとりの男にヒューリューリーが巻きついている。男の顔面は蒼白で手足は硬直している。ヒューリューリーに拘束されているというより、恐怖のあまり抵抗する意思がまるで起こらない、という風に見える。
「侵入者です」男に巻きついたままでヒューリューリーが器用に操作盤を打つ「どうしましょうか?」




