天蓋の杞憂(4)
「おう、しばらくおとなしくしてたと思ったら、だいぶ気合入れて来たな」
ジムドナルドは愉快そうだ。モニターにはおびただしい数の兵士が映っている。城門からは整列した兵士の行進が続き、かがり火に照らされた場外の空き地に集う兵士の数はまだまだ増えそうだ。
「これ全部ここに来るの?」
イリナイワノフもモニターをのぞく。
「たぶんな、まあ、ゆっくり歩いてくるだろうし、ここまでは結構な距離があるから、着くのは夜が明けてから、いや昼ぐらいになるかな」
「夜襲じゃないの?」
「そんな度胸あるかよ」ジムドナルドはモニターを指差す「ほら出てきたぞ。あれが王の輿だ」
城壁から四方に差し渡した棒に乗った箱が現れた。4人の屈強な男たちが棒の先にそれぞれ配置され、箱を捧げてゆっくりとすすむ。箱、と見えたのはついたてで、四方を覆ってはいるが頭上が抜けている。
ジムドナルドが偵察機を操作して、輿の上方に据えた。王は捧げ持つ男たちより大きかったが、力強さより弛みがちな体を持て余しているように見える。
「ジルフーコ、そっちの進み具合はどうだ?」
「まあ80%ってとこかな」
ジルフーコが見ているのは別のモニターだ。こちらは火口の状況で、火口の外輪部にケミコさんたちが伐採してきた木をうずたかく組み上げている様子が見える。枝はきれいに打ち落とされていて、工事の足場のように規則正しく組まれた材木は、ズームを引いて見ると、高い山の山頂が帽子をかぶったように見える。おそらく城からでもはっきりわかるだろう。
「明け方ぐらいまでには準備完了だよ。ベルガーの夜は長いからね」
「じゃあ、こっちは一休みだ。夜が明けたら、ジルフーコとイリナイワノフとヒューリューリーは多目的機で空に上がってくれ、こっちは俺とビルワンジルで相手するから、援護のほうよろしくな」
「えーっ」ヒューリューリーが力いっぱい体を回した「私も地上がいいです。飛行機の中じゃ、やることないです」
――何だ? この紐
ジムドナルドは考えをおくびにも出さずに、すぐさま訂正を入れた。
「じゃあ、ヒューリューリーはこのテントの中で全体の指揮をとってくれ。よろしく頼むぞ」
「わかりましたぁ」
ヒューリューリーが体をぐるぐる回す。たぶん、操作盤で打ち込んだのより2回転くらい多い。
イリナイワノフは回転銃座の中で伏臥し待機している。
やってきた兵士は数千人。これだけの人数がいたらテントを囲めば良いものを、先頭の兵士はテントがやっと見えるぐらいのところで止まっている。ときどき後ろのほうから怒声が上がるものの、最前列は進もうともしない。むしろ、じりじり後退するので、後ろの兵士ともみ合いになる。
「少し高度下げるよ」操縦席からジルフーコの声がした「ジムドナルドが後ろから煽ってくれって」
「撃つの?」
「いや、あんな離れてたら大声出さなきゃいけないから、後ろから煽ってもっと前に出してくれって」
「ふうん」
多目的機が後ろから迫ると、兵士は散り散りになる。機体に向かってくるのはいないが、前に出る者もいないので、隊列は横に広がるばかりだ。
集団にむけて威嚇しても逃げ惑うばかりなので、ジルフーコは方針を変えた。
王の輿を狙って低空で突っ込んでいく。
輿を担いでいた男たちは、たちまち自分たちの荷物を放り出して逃げ去った。
旋回して更に輿に迫ると、王はついたてを蹴破って輿の外に転がり出た。
ホバリングしながらじりじりと迫る多目的機に、王はこけつまろびつ前の方へと押し出される。兵士も我先にと横に逃げ、王の前に道のように人垣が開いた。
多目的機にばかり気を取られ、這うようにして前に出た王は、気が付くとテントの真ん前にいた。
「何のようか?」
声の方を向けば、純白の淡い光を放つ人型が2影。
王は、声を出すこともかなわず、その場にへたり込んだ。
「こんなんでいいの?」
多目的機が高度を上げたので、ジムドナルドもビルワンジルも点のようにしか見えない。
「いいんじゃないの? とりあえず声の届く範囲には来たみたいだし」
イリナイワノフは、ビルワンジルが危なくなったら撃て、とジムドナルドに言われている。
ジムドナルドが危なくなったときはどうでもいいらしい。
――でも、これだけ離れてたら、どっちがビルワンジルかなんてわかんないよね
危なくなったら撃つ、これはシンプルでよろしい。イリナイワノフはそう決めた。
交渉は難航を極めた。
交渉相手が心神喪失状態だからである。
よだれを垂らしながら視線を宙におよがす王に、ジムドナルドはヘルメットの中で舌打ちした。さすがにジルフーコを責めるのは酷な気もする。ジムドナルドも、ここまで王が腰抜けとは予想していなかったのである。
――ギャラリーもそこそこ集まったし、盛り上がりにはかけるけど、次、行くか
その時だった。
「悪魔めぇ」
奇声と共に飛び込んできたのは、ベルガーに降りて最初にやってきた、頭飾りをイリナイワノフに撃ちぬかれた男だった。
「神の形を模する悪魔、いびつなるもの、我が王を惑わす忌まわしきものぉ」
叫び続ける男はトランス状態に陥り、ぶるぶると体を震わせている。
「こいつは面白いヤツが来たな」外部スピーカーを切ったジムドナルドがヘルメットの中で呟いた「しばらくこいつにやらせてみよう」
「何なんだ、こいつは」
「呪い師か何かの類だよ。どこにでもいるんだなあ、こういうヤツ。ちょっと演出が不足気味なんで盛り上がらなくて困ってたとこなんだ。助かった」
ジムドナルドはスピーカーを内部から外部に戻し、厳かな声を現した。
「何のようか?」
幾度も繰り返される、その声、その言い回しに、兵士たちは更なる恐怖を憶える。臆面もなく泣き出すものさえいるが、王を置き去りにはできない、という義務感だけが彼らの足を大地にしばりつけていた。
ただひとり、呪言師だけが口から泡を飛ばして喚き叫ぶ。
「我が真なる主よ、光の殿よ。我が呼びかけに応じ、悪しき者どもを散らしたまえ、我が主よ、光の殿よ…」
ただの戯言と囲む兵士たちも含め相手にもしていなかったものが、呪言を重ねるうち、なにやら怪しげな雰因気になってきた。
王の右上の空間である。
空気が凝るという表現がしっくりくる。大気の濃淡の澱みが次第に形を成し、光を増すと人型になった。
「あれえ、レウインデさんじゃないですかぁ」ジムドナルドは原語でおもいっきり叫んだ「お久しぶりでーす。お隣の方は誰ですかぁ?」
機先を制された感のレウインデは、宙に浮いたままバツの悪そうな笑みを浮かべている。隣の光子体は、くそったれ、と呟いた。




