もつれない紐(5)
イリナイワノフとサイカーラクラが連れ立ってタケルヒノのところにやってきた。
「どうかした?」
なかなか2人が切り出さないので、タケルヒノのほうから声をかけたのだが、それでも2人はモジモジしている。やっと諦めたイリナイワノフが先に口を開いた。
「あのね、ヒューヒューのことなんだけど」
もう定着しちゃったのか、少し気の毒だな、とタケルヒノは思った。
「なんとかならないでしょうか?」
これは、サイカーラクラである。こんな頼み方でなんとかしてくれと言うのはどうかと思う。
「サイユルのことなら、考えていることがあるから…、いますぐに、ってわけじゃないけど…」
イリナイワノフとサイカーラクラの顔がみるみる明るくなって、やったね、と言い合って、手をつなぐとタケルヒノに背中を向けた。
「おい、ちょっと待ってよ。何するかは聞かなくていいのか?」
え? と2人は同時に振り向いて戸惑いの表情を見せた。
「だって、聞いたってよくわかんないし」
「何とかしていただけるのなら、それでもういいんです」
それだけ言うと、絶句するタケルヒノを置き去りにして、ミィーティングルームを後にする2人。
横でジルフーコがケラケラ笑っている。
「約束しちゃったんだから、なんとかしてね」
ジルフーコの言葉に、タケルヒノは憮然として返事をしなかった。
「あなたもベルガーに降りたいって?」
「はい」ヒューリューリーは壮大に体をくねらせて返事した「ご迷惑かとは思いますが、ぜひ」
「何でまた?」
「他の星に行ってみたいのです」
あまりにストレートすぎる要求にタケルヒノも腰砕けになってしまった。
「いいですよ」
「いいんですか?」
「ボゥシューの検疫結果次第ですけど、あなたの分は…」
「検疫なら終わったって言ったろ」ボゥシューが横から割り込んだ「めんどくさいから、サイユルとベルガーを一緒にやったんだ。ヒューリューリーがベルガーに降りても問題ない」
ヒューリューリーは頭部を小さく回している。マイクが拾いきれないらしく、翻訳できないので何を言っているのかわからない。
「検疫に問題ないなら認めます。くれぐれもケガに気をつけて」
「ありがとう」
ヒューリューリーはそこだけ体を大きく回した。
「槍が欲しい?」
「そう」
ビルワンジルは短く肯定した。
「あれじゃダメなの?」
ビルワンジルの部屋は、所せましとトレーニングマシンが並んでいるが、一方の壁全部を覆うように、競技用の槍が並べてあるのは、さらに圧巻である。
「あれじゃなくてさ」
そう言ってビルワンジルはタケルヒノに近づくと耳打ちした。
え? という顔で思わず声をあげそうになったタケルヒノを制して、しーっ、と人差指を自分の唇に当てるビルワンジル。
「聞いてるかもしれないんだろ? アイツ」
「まあ、その気になれば、どこでも入りこめるからな」
「ちょっと鼻を明かしてやりたいんだ」
「しかし、そんな可能性あるかな?」
「無けりゃ、無いで、こしたことはない。念のためだよ」
「わかった、何とかするよ。ちょっと重くなるけど、いいかい?」
「それぐらいは想定内だ。悪いが、よろしく頼む」
「おーい、タケルヒノ」
「お客さん、今日はもう終了です」
「なんだよ~、つれないな~」
ジムドナルドは無視してタケルヒノの隣に腰掛けた。
「ベルガーにはイリナイワノフを連れてくぞ」
「それはもう、本人に話してある。あとはビルワンジル、ヒューリューリー、ジルフーコだ」
「ジルフーコも行くのか」ジムドナルドは意外だと言わんばかりの顔だ「やっこさん、惑星に降りるのは苦手なのかと思ってたが」
「今回は僕が行けないし、ケミコさんの扱いは彼がいちばん慣れてるから」
「女の子に頼み事されたんだっけ? お前さん、優しいからなあ」
「ボゥシューも宇宙船に残すから、1人でも体の異変を感じたら、すぐ帰ってくること。いいか? 君も含めてだぞ」
「感染症の類は自覚症状出たらもうダメだろう?」
「いつまでも地球にいた時の感覚でいちゃだめだろ。脳波さえフラットでなきゃなんとでもなる」
「ほんとかよ?」
「ただ、そのへんは、ボゥシューじゃないとうまくできない。だから彼女は宇宙船に残す」
「まあ、そんな危ないマネはしないさ。基本、交渉だけで何とかするつもりだからな。俺の口八丁を信じろ」
「君を信用して良い目見たことなんか、無いんだが…」
「そりゃお前、俺のこと信用したことないからだろ」ジムドナルドは胸を張った「だからさ、いっぺんでいいから信用してみろって、悪いようにはしないから」




