セルベル(5)
「ベルガーの話は、まあ、こんな感じ、サイユルもそれほど積極的に隣人と関わっているわけでもないみたいだから、こちらも臨機応変でいこうと思う」
タケルヒノは、だいたい面倒な話は後回しにする。
ということは。
「これからサイユルの話か?」
「そういうことだね」
ボゥシューの誘導にタケルヒノが渋々答えた。これまた、話しづらそうだ。
「接触の優先順位はサイユルのほうが上だと思う。すでに情報体とも接触してるし、有益な情報を得られるとすれば、彼らのほうだと思う。ただ…」
「問題でもあるのか?」
「うーん、問題と言えるかどうか」タケルヒノは言い渋った「光子体との接触がね、これは誰が悪いって類の問題でもないから、まあ、その…」
「技術レベルは問題ないんだろ? 情報キューブが解析できるくらいなんだから」
「情報キューブそのものじゃなくて、内容を光子体から直接教授されたらしいけどね。理解習熟度は普通だったらしいから、問題はないと思う」
「もってまわった言い方だな」ジムドナルドが言った「そういう時は問題ありに決まってるんだ。早く吐いちまえよ」
「見た目の問題だ」タケルヒノは吐いた「光子体が彼らよりベルガーに似ていたので、彼らはひどく落胆した、と情報キューブには書いてある」
「なんだそりゃ?」
ジムドナルドは聞き返したが、タケルヒノ、そしてサイカーラクラ以外の5人にとって、共通の困惑だった。
「なんだと言われても困るのですが、情報キューブにはそう書いてありますし」
サイカーラクラの心配もタケルヒノと同じものらしい。
「何が問題なのかよくわからないが」
そう言ったジムドナルドにサイカーラクラが抗議の視線を向けた。
「ジムドナルドは肝心のところを読み飛ばすからです。ここを読めばわかります」
言われたジムドナルドは、コンソール内でサイカーラクラの示した文章を読み始めた。他の4人もジムドナルドの肩越しにのぞき込む。
「あ、いや…、確かに、これは…、しかし…」読み終えたジムドナルドは情けない表情でサイカーラクラを見つめる「これって、サイユルの考えすぎじゃないの?」
「それはそうですけど」サイカーラクラは言い返す「問題は、私たちがどう思うかではなくて、サイユルがどう思うかです」
「ねえ、ボゥシュー」
イリナイワノフが肘でボゥシューを小突いた。耳元で囁く
「あたし、読んでも全然わかんないんだけど、なんの話なの?」
「コンプレックスの話なんだよ。たぶんだけど」ボゥシューも聞き取れないくらいの声で返した「こういうのはワタシもよくわからんのだ。ジムドナルドは専門家らしいし、サイカーラクラも詳しいらしい、それぐらいしかわからん。ジルフーコとタケルヒノが話してるの聞いてもわからないだろ? それと同じ」
「あ、最後ので、わかった。ようするに、わかんなくていいのね」
「そゆこと」
「お取り込み中悪いんだけどさ」
ジルフーコがメガネのフレームに手をあてた。彼のメガネレンズ上の情報がそのままスクリーンに拡大投影された。
「サイユルからの通信みたいだね」ジルフーコが言う「どうする? 応答したほうがいいんじゃないかと思うんだけど」
「向こうからアクションとってくれたんなら願ったりだ」タケルヒノはコンソールに向き直りメッセージに目を通しはじめた「こういうのは、あれこれ考えてもしょうがない。どんどん先に進もう」
「なんか向こうから来ることになったみたいだな」
「へぇ、それならちょっと楽かな」
「楽って何が?」
「ワタシの仕事のことだよ」
ボゥシューはジムドナルドに説明した。彼女は第一接触のことを考えていたのだ。
「当座は向こうが宇宙服のまま遮断区域に居てもらえばいいからな。最初はこっちも宇宙服ならとりあえず感染の心配はない。検疫過程は平行して進めればいい。何人来るって言ってた?」
「1人だよ」ジムドナルドが答えた「最初は3人来るって言ってたけど、タケルヒノが交渉して1人にしてもらった」
「それは、ありがたい」ボゥシューがホッとした顔で言う「3人なんて来たらてんてこ舞いだ」
「そんなたいへんなもんなのか?」
「なんならオマエいっぺんやってみるか?」
「…やめとく」
「そう言えば、容姿にコンプレックスあるって話だっけ? サイユルは」
うーん、とジムドナルドにしては珍しく難しい顔をしている。
「まあ、なんていうか光子体とも、それに俺たちとも違うからな…」
「異性人なんだから違って当たり前だろ。そう言えば環境データや微生物から先に入ったから高位生体データはあとまわしにしてた。急いで確かめないと」
「いろんなものが無いんだよな。目とか鼻とか手とか足とか発声器官とか」
「ほんとか?」
「俺もうっかり読み飛ばしてたくらいだからな」驚くボゥシューにジムドナルドが言った「確かにこれだけ違うとコンプレックスが生じても仕方ないかもしれん」
「宇宙人くるんだよね。あたし、宇宙人に会うのはじめて」
そう話しかけてきたイリナイワノフにサイカーラクラは小首を傾げる。
「光子体にはもう会ったのでは?」
「あれは悪い宇宙人じゃん」イリナイワノフの中ではもう光子体は悪い宇宙人に逆戻りしているようだ「良い宇宙人と会うのははじめてだもん」
「良い宇宙人だといいのですが…」
「え? また悪い宇宙人なの?」
イリナイワノフの不安そうな目に気づいたサイカーラクラは、大急ぎでまくしたてた。
「もちろん良い宇宙人です。優しくて良い宇宙人ですよ」
よかった、と安堵するイリナイワノフを見て、今度はサイカーラクラのほうが猜疑にかられた。
――確かにサイユルは優しい異性人だけど
良い宇宙人かどうかはわからない。でもそれはイリナイワノフに言うべきことではない、サイカーラクラはそう思った。




