セルベル(3)
「レウインデと戦ったんですか?」
最初に聞いた時、サイカーラクラは目をまんまるにして驚いた。
「悪い人だと思ったんだよ」イリナイワノフは弁解した「だからやっつけようとしたの、でもタケルヒノに聞いたら悪い人じゃないんだって、失敗しちゃった」
「アレのどこが悪い人じゃないんだよ」そっちのほうにボゥシューは驚いた「本当にタケルヒノがそんなこと言ったのか?」
「うん、そうだよ」イリナイワノフは素直に肯いた「悪い人じゃなくて、危ない人なんだって。だから一人でやっつけちゃいけなくて、みんなと一緒にやっつけなきゃいけないんだって。エウロパのときみたいに」
「正しいな」
「そうですね」
「それで、なるべく一人で行動しないように、って言われた。みんな一緒なら大丈夫だから」
「あ、それ、良いですね。一緒に住みましょう」サイカーラクラが突然言い出した「個室が広すぎて落ち着かなかったんです。前の宇宙船ですら広すぎだと思ってたのに、宇宙船はその倍ですから。たぶんボゥシューの部屋がいちばん荷物が多いですから、引越しを考えるとボゥシューの部屋に3人で住むのが良いかと…」
「何、馬鹿なこと言ってんだ」ボウシューが声を荒げる「3人で住むのは良いとして、何故ワタシの部屋なんだ? 引越しなんかより掃除のほうが大変だろーが」
「掃除は私がしますから。ボゥシューの部屋は面白い物がたくさんあるので、ボゥシューの部屋が良いです」
「好きなもの持ってってやるよ。サイカーラクラの部屋のほうがいいだろ」
「掃除が面倒です」
「いま、自分で掃除するって言ったじゃないか」
「他人の部屋なら掃除できますが、自分の部屋は無理です」
「そんなむちゃくちゃな話があるか」
一触即発? そう思ったとき、突然二人がまったく同時にイリナイワノフに顔を向ける。そしてにっこり笑った。
「だめー」イリナイワノフは絶叫した「あたしの部屋は、ぜったい、だめー」
「なんか、女性のみなさんが、一緒に住むことにしたらしいぞ。いままでの部屋を物置にして、新しい部屋で3人一緒に暮らすらしい」
「良いんじゃないの? 部屋なら余ってるし」ジルフーコは素っ気無く答えた後、ジムドナルドに向いた「ボクは嫌だからね」
「まだ何も言ってないだろ?」
「オレもヤダ」ビルワンジルが聞かれる前に答えた「トレーニング中に他人がいると気が散るんだ」
「僕は日中、いつも誰かと一緒にいるから」ジムドナルドが口を開くより先にタケルヒノがおおいかぶせる「寝るときはひとりがいいな」
なんだよ、お前らー、とジムドナルドが一人でいきりたっている。
「もう、お前らとは話さない。彼女たちのところに行こうーっと」
ジムドナルドが廊下に消えると、ビルワンジルがぼそりと吐いた
「あれは本気で言ってるのか?」
「本気らしいよ」ジルフーコがメガネを直しながら言った「ボクらの本気とは意味が違うらしいんだけどね」
「ボゥシュー、ちょっといい?」
ボゥシューの元個室は実験室に改造されている。その入り口から顔を出してタケルヒノが声をかけた。
「2分待って」
ボゥシューは恒温器にシャーレを突っ込んで扉を閉めた。
「これで大丈夫、と」ボゥシューはゴム手袋を外し、抗菌ボックスに投げ入れた「何か用?」
「もうすぐサイユルとベルガーに降りるんだけど、検疫にどれぐらいかかる?」
「降りるほうは難しい。サンプルないんだろ?」
「せいぜい大気サンプルぐらいだな、それも1、2ヶ所がいいところだ」
「ぶっちゃけ、宇宙服滅菌して降りてもらうくらいしか手はないなぁ。帰ってきたら1週間隔離」
「宇宙服脱がなければ大丈夫かい?」
「こっちは大丈夫だけど、むこうは知らないぞ。下手すると星ごと全滅かも」
「脅かすなよ」
「脅しじゃないぞ」
「ま、そうだな」
「データだけなら情報キューブにあるし、適合探査はもう入れてあるけど、あくまで理論上の話だから」
「他の胞宇宙から生物がやってきたことなんかないわけだしなあ」
「行ったことあるのは光子体だけ?」
「そういうこと」
「光子体じゃあ、役にはたたないからな。降りないわけにはいかないんだろ?」
「そういう選択肢もないわけじゃないが、それだと光子体と大差ないわけで、わざわざ胞障壁を超えてきた意味がない」
ボゥシューは目をつぶって考える。
「大気サンプル3と土壌サンプル1、それ受け取ってから2週間」
「ありがとう、恩に着る」
「絶対、確実ってわけじゃないからな」踵を返したタケルヒノの背をボゥシューの声が追いかける「ぎりぎりの妥協案だ。どのみち誰かがやらなきゃいけないんだろうし、やれることは全部やるけど」




