セルベル(2)
「ずいぶん、長いこと質問攻めにしてすまなかったな。あともう少しだから我慢な」
「大丈夫だよ、別に疲れてないし、それに懐かしい」
「懐かしい?」ジムドナルドは手順をいったん止めて別の質問をした「前にもこういうことしたことがあるのかい?」
「うん先生とよくやったんだ」イリナイワノフは答えた「先生もジムドナルドのこと知ってたよ。博士って言ってた」
「それは、光栄だな。俺の知ってる人かな?」
「ロシアの特殊部隊の教官だよ」
「直接会ったことはないが、見当はつくな」
「ほんと?」
「ああ、ほんとだ。次が最後の質問になるけど、よく考えて答えてくれ。その時のイリナイワノフの気持ちが聞きたいんだ。ビルワンジルに呼ばれて答えた時、本当は何をしようと思ってた?」
「やっつけようと思ってた」
イリナイワノフは即答した。
「レウインデを?」
「そう」即答したにも関わらず、イリナイワノフは何か戸惑っているようだった「そのほんの少し前には、やばい失敗した、って思ってたんだ。レウインデが悪者じゃないと思ったから、でも、あの瞬間は、とにかくやっつけようと思ったの」
「ありがとう、イリナイワノフ」
ジムドナルドはイリナイワノフを立たせ、ドアの方にエスコートした。
「ボゥシューにホットミルクたのんであるから、甘いやつね。それ飲んでオヤスミ」
オヤスミ、ジムドナルドとタケルヒノに向かって手を上げ、イリナイワノフは部屋を出て行った。
ジムドナルドは念入りにドアを閉め、タケルヒノの方に向き直った。
「まいったな」ジムドナルドは両手で前髪をかきあげる「対精神操作プログラムだ。しかもオリジナルと違って、精神操作しようとした相手を攻撃するようになってる」
「イリナイワノフの先生がやったのか?」
「たぶんな。通常攻撃に対して、あらゆる防御法を仕込んでるんだから、精神攻撃に対して何も手立てをしていないわけがない。オリジナルプログラムは精神操作をしようとする相手の言うことを聞かなくなるだけだが、攻撃に移るよう条件付けを変更してある。そのへんは特殊部隊の経験からプログラム変更したんだろう」
「ビルワンジルが来て、なぜ攻撃をやめた?」
「あのプログラムは信頼できる人間がそばにいるときは発動しないようになっている。前回レウインデが来た時に発動しなかったのもそのせいだ。みんな一緒だったからな。そこはオリジナルと一緒だ」
「ずいぶん詳しいな」
「俺が作ったからな」
「何?」
「オリジナルは俺が作ったの」ジムドナルドは自分を指さした「もう3年位前かなー、論文だけ書いてたれ流して、後は忘れてたんだよ。まさか使ってるヤツがいるとは思わなかったんだ」
「何で研究やめたの?」
「効かなかったから」
「効かなかった?」
「自分で試してみたんだよ。全然、効かないの。だから飽きてやめた」
「君になんか効くわけないじゃないか」
「何でだよ?」
「いいよそんなこと、どうでも。で? どうしたら良い?」
「まあ、プログラムを外す方法がないわけでもないが、状況が特殊だしな」
「特殊な状況、って何が?」
「プログラム後に強烈な体験が入ってるから、そいつの影響を除去しないと、うまくプログラムが外せないんだ。無理にやると誘引事象がぐちゃぐちゃになってヒドイことになる」
「強烈な体験って?」
「いきなり宇宙船に連れ込まれて別の宇宙に連れて行かれるとか、そういうことだな」
「ああ、よくわかった」
「で? どうする?」
「それは、僕が聞いたんだが?」
「どうするったって、外すか、そのままにするしかないんだよ。言っとくけど外すのはかなり面倒だからな」
「そのままにして何か不都合はあるか?」
「それをさっきから考えてるんだ」
「で? 結論は?」
「何も思いつかん」
「え?」
「不都合になりそうなことは何も思いつかない」ジムドナルドは椅子をぐるりと回して、どっかと腰をおろした「考えてもみろ。これが地球だったら、過剰防衛とか取られていろいろ面倒なことになる。洗脳されそうでした、なんて言ったって、具体的な証拠を提示するのは極めて難しいからな。だからオリジナルは言うことを聞かなくなるだけなんだ。特務機関なら、まあ、攻撃したって構わないんだろうけどな」
「ここは地球じゃない」
「そうだ。だから、後はお前の判断しだいってことになる」
「何で僕なんだよ」
「船の中のことは昔から船長が決めることになってるだろ、それがいちばん良いやり方なんだ」
「船長になった憶えはない」
「いいかげん、あきらめろよ」うんざりだ、という顔でジムドナルドは言った「お前以外の誰かを船長にしたとして納得するやつがいるとでも思ってるのか。いいか、一度しか聞かないからちゃんと答えろよ。イリナイワノフを洗脳しようとするヤツがいたとして、お前はどうするんだ?」
「全力でやっつける」
「よし合格だ。じゃあ俺は何もしないぞ」
「ビルワンジルにはひとこと言っておいたほうがいいな。心配してたから」
「そうだな、それがいいだろう」少し沈んだ声色でジムドナルドは言った「あいつ…、ビルワンジルは女性におかしな幻想を抱いているからな。女の子なんて、ありのままがいちばんかわいいのに…」




