セルレス突破(3)
渦はいつの間にか消えていた。
壁は薄暮を思わせる。淡い濃淡のない光だ。
スクリーンを間接照明に切り替えたわけではないのは知っている。
そとがこのようになっているのかはわからない。オールレンジの観測装置であってもそとをとらえることができない状態なのかも知れない。
ただ、皆、そとのことにはそれほど注意を払わなくなっていた。
いま、重要なのはそとではない。
皆、一心にタケルヒノだけを見つめていた。
ボゥシューは夢を見た。
たぶん、夢だったのだと思う。
現実にはありえないことだったと思うから。
現実には、ありえない?
夢現の最中、どちらかを選べば、それが現実であり、もう片方が夢だ。
選ばれなかったほうがなくなってしまう。
最初からなくなるのだ。
それが夢。
選ばれなかった、現実。
選んだのはボゥシューではない。
選んだのは…
「夢を見た」
ボゥシューは言葉に出した。
「私も見ました」
サイカーラクラも言った。
「おかしな夢だった」
まだ醒めやらぬ、そんな感じでイリナイワノフも夢を認めた。
「どんな夢だった?」
「忘れちゃった」
「私もです。…あるいは夢など見ていなかったのかも…」
「ワタシも憶えてない」
ふとボゥシューは壁スクリーンに目をやった。無限の色が折り重なって渦をまき散らしている。
「あれは、いつからああだ?」
ボウシューが尋ねた。
「いつから?」イリナイワノフが怪訝な顔で聞き返した「ずっとああだよ」
「ずっと?」
ボゥシューは眉間を曇らせ、イリナイワノフの顔を見つめた。
「どうしたの? ボゥシュー?」
はっ、としてボゥシューは我に返った。
「どうしたの? ボゥシュー」
イリナイワノフがボゥシューの顔をのぞき込む。
「いや、なんでもない」
ボゥシューは大きく頭をふった。
「夢を見ていたんだよ」
「どんな夢?」
「さあ」もう一度、ボゥシューはスクリーンに目をやった「忘れてしまったよ」
「ねえ、あれ、何?」イリナイワノフがうごめく壁の一点を指した。
ジルフーコがサブコンソールに近寄って、部分拡大する。
白くぼんやりと宙に浮かぶ、稜線の不確かな球体は、周囲の渦には影響をうけずに独自の明滅を繰り返している。
「なんか、さっきのに似てるな」
ボウシューのつぶやきに、ジルフーコは録画像をとなりに枠付で表示した。
「これ、ふたつ、そっくりだよ」イリナイワノフの声音が悲痛に響く「もしかして、さっきのところに戻っちゃったの?」
突然、タケルヒノが笑い出した。ジルフーコもつられて笑う。
少し遅れて、ジムドナルドも笑い出した。
「これ、レウインデかな?」
「さすがにここまで馬鹿じゃないだろ、皇帝陛下じゃないか?」
「誰でもいいけど、ありがたい、わざわざ出口表示してくれたんだから」
「ねえ、いったい何よ」さっきまで泣きそうだったイリナイワノフが怒りだした「みんな、笑い出して、あたし全然わかんないよ」
「ごめん、ごめん」タケルヒノは謝るが、まだ笑いが止まらない「胞障壁の特性からいって、もとの位置に戻るっていうのはありえないんだよ。胞障壁は一方通行で入り口と出口が違うからね。だからこういうトラップを思いつくのは、胞障壁のことをよく知らないか、あるいは胞障壁を無視できる光子体の発想、ということになる」
「そんなふくれるなってばイリナイワノフ」ジムドナルドが慰める「おかげで俺達が胞障壁突破したのを早く確認できたんだから」
「え? 突破したの?」
「そうだよ」ジルフーコが代わりに説明をはじめる「この二つ、イリナイワノフも言ってたけどそっくりだろ、わざわざそっくりにして同じところに戻ったと思わせようとした。でも胞障壁の特性上、それはありえない。それでトラップがばれたわけだけど、これだけ同じに見えるっていうのは実は胞障壁の近くの同じ側ではまたありえないことなんだ。周囲の渦巻きずっと見てたろ、動きながらほんの一瞬も停止しない、胞障壁は基本的にああなんだ。同じように見えるには対になるもう一方、入り口と出口の双対点でしか同じに見えない。入り口のはさっき見たこっち。当然、いま見えてるのは出口側だ」
「策士策におぼれるか」ボゥシューがつぶやいた「ところでジムドナルド、ずいぶん胞障壁に詳しくなったんだな」
「え?俺が? 冗談よせよ、ボゥシュー」
「さっき、タケルヒノやジルフーコと一緒に笑ってたじゃないか」
「そりゃ笑うさ」ジムドナルドはすました顔だ「二人が笑ったからな。連中がしくじったのがわかった。むこうが失敗したんなら。こっちは成功だ。胞障壁突破おめでとう、だ」
どうだ、と胸を張るジムドナルド。
頭の良し悪しは別として、使い方は間違ってないな、ボゥシューはそう思った。




