セルレス突破(2)
宇宙船中央部、慣性航行時は無重量区画だが、現在は加速運行中なので0・3G分の重さがかかる。
管制室は大気圧運用だが、不慮の災害に備えて、全員宇宙服を着用。もちろんザワディもだ。
「もう胞障壁なの?」
イリナイワノフはタケルヒノに尋ねた。
「そのへんは難しいんだけどね。胞宇宙と胞宇宙の間にはたしかに胞障壁があるんだけど、胞宇宙と胞障壁の境界っていうのはあいまいなんだ。まあ、説明するより、そと見てみるかい?」
壁スクリーンいっぱいに、そとが映しだされる。
誰からともなく、うわぁ、と声が上がった。
オーロラのように極彩色の光の渦が壁一面にうごめいている。
「もう胞障壁なのね」
「いや胞障壁じゃない、通り過ぎればわかるけど、それまではまだなんだ」
「この色、プラズマシールドのせいも少しあるんだけどね」ジルフーコが言う「なんならはずしてみる? 胞障壁が近いから本当はシールドなんかいらないんだけど」
「そう思ってはずしたら変なのが来たんだ」タケルヒノは渋い顔だ「まだ邪魔ってほどでもないから、もう少しつけといて」
「わかったよ」
ジルフーコはクククと笑う。
「光子体は、こんなところまで来れるのか?」
スクリーンの渦巻きのひとつがはじけるのを眺めながら、ビルワンジルが尋ねた。
「来れるか、っていうより、むしろ光子体にとっては大得意だろうな、こういう場は。レウインデは胞障壁を超えるまではこない、って言ってたからいいけど、他のが来るかもしれないし」
「あのヘンなのの言うことなんか信じるのか?」
「ああいうタイプは約束は守るんだよ。逆に言ったら、約束しか守らないけど」
「そうだ、あいつは大悪党だからな。悪党は約束は守る。約束やぶる奴は小悪党だ」
大笑いするジムドナルドを見て、なるほど、とボゥシューは思った。
「あれ、何だろう?」イリナイワノフがうごめく壁の一点を指し示した。
ジルフーコがすかさずその点を拡大する。
「ちょっと、ぼやけてて、よく見えないな」
「シールド切るよ」
「そうしてくれ」
プラズマシールドの影響がなくなると、像はだいぶはっきりしてきた。ジルフーコが多段で画像処理フィルターをかけていく。
「人工物みたいだな」
「ひょっとして、宇宙船じゃない」
ボゥシューとイリナイワノフがたがいに囁く。
「まあ、見えなくもないかな」
「マシュマロにしか見えないなー」
ビルワンジルとジムドナルドも参戦してがやがやしだした。
「どう思う?」
尋ねるジルフーコにタケルヒノは妙な面持ちで返した。
「ノーコメント、てことでいいかな」
「わざわざ、そんなこと言うってことは、何か思うところあるんだね?」
「それも含めて、ノーコメント。正直、あまり関わりあいたくないな」
「わかった」
まだ、わいわいやっている仲間たちを横目で見ながら、ジルフーコはタケルヒノに声をひそめて言った。
「そろそろ代わってくれないか。もうボクじゃ、無理な領域にさしかかりつつある」
「ありがとう、お疲れ様」タケルヒノは航行オペレーターの席をジルフーコと交代した「いよいよ本番だ。まあ、気楽に行くさ」
タケルヒノが席についてから、皆、あまり話をしなくなった。
壁いっぱいのスクリーン中を動く極彩色の渦はどんどんスピードを増していく。
発生と消滅の頻度もいやおうに増す。
しかし、またそれも、ただ感覚だけの問題なのかもしれない。
変化があるのかないのか、そして時間さえも、明滅する渦の中に飲み込まれていくようだ。
女の子たちは、いつのまにか、皆、ザワディに寄り添っていた。
「怖くないかザワディ」ボゥシューが言った。
ザワディは答えなかった。尻尾をゆっくりと左右に振る。特注のラバースーツはザワディの尻尾のしなやかさをまったく損なわない。
「ワタシは怖いよ。とても怖い」
サイカーラクラとイリナイワノフはザワディを抱きしめていた。
ラバースーツの上からではザワディの毛並みを確かめることはできない。それでも彼女たちを落ち着かせるには十分だった。
ビルワンジルは女の子たちとザワディを見つめている。
ジムドナルドは渦巻く虚空を睨みつけている。
そして、ジルフーコは、ずっとタケルヒノを見つめ続けた。




