セルレス突破(1)
昼食後、皆、ビュッフェでくつろいでいると、突然、間接照明が明滅をはじめた。
「プラズマシールド外した途端にこれか」
タケルヒノがぼやきとも愚痴ともつかない呟きを吐いている間に、部屋の中央に淡い光が縒りはじめた。
周囲の状況を観察しているかのように、光は伸び縮み、太り痩せして、ちょうど7人の平均身長ぐらいになった。うっすらとした人型は不明瞭な稜線でかたどられていて、どうかすると表情すら見てとれぬこともない。
「基本は、あいさつ」
光は唐突に話し出した。片言だが英語だ。
「いままさに、困難に歩く、諸兄の、明日の、すばらしき光に満ち溢れた、今日、お祝いする」
「だいたい意味はわかるよ」
タケルヒノは原語で返したが、光の主は英語で話し続ける。
「最初の光子体の言葉か、勉強熱心、感心、諸兄に期待できる、最初の光子体に感謝したい」
「誰かと思ったら」ジムドナルドが不敵な笑いを浮かべて光の主に向きあった「数多の星の言葉さんじゃないですか、感激だなあ」
「その名で、呼ばれる、久しく。最近悪い言葉、誉められてうれしくあります」
「で、今日はどういったご用件で?」
「さらなる脚の一本を外に出したので褒め称え、たいへんな期待、応援します。せるれすノ突破。頑張れ…、て、あー、それ、ダメ」
突然、原語でしゃべりだしたかと思うと、光は鮮明に結像し、ひとりの少年の姿になった。
「ちょっと、それやめてよ」少年はジルフーコを指差す「いまシールド張られたら帰れなくなっちゃう」
メガネのフレームに手をかけていたジルフーコはニヤリと笑った。
「あ、バレた」
「バレる、バレる。こっちは光子体なんだから、そういうの敏感なの」
「陣中見舞いありがとう」タケルヒノはニコリともせずに言う「ほかに何か用はある?」
「つれないなぁ」光子体は奇妙な表情をした。好悪の類はよくわからない「忙しいとこ悪いかな、とは思ったんだ。でも、私の上司、いや違うな、先生、これも違う。殿様? すこし近い…」
「陛下?」
「かなり近い、もう一声」
「皇帝陛下」
「それ」光子体は正解したサイカーラクラを指差して言う「宇宙皇帝陛下が言うんだよ。行ってこいって。笑っちゃうよね、宇宙皇帝。正気の沙汰じゃない。私はセルレス突破してからでいいんじゃない? って、いちおう言ったんだよ。ほんと、言ったんだから。あ、それとは別に、君、かわいいよね。もうちょっと顔見えてるともっとかわいいと思うんだけど…」
「おい、数多の星の言葉」ボゥシューは爆発一歩手前だ「ようするに何しに来たんだオマエ」
「友達になろうと思って」光子体は胸の前で両腕を大きく広げた「なんか私、友達少ないんだよね。それで新しい君たちなら、きっと友達になってくれるんじゃないかと思って」
「その件ならそんなに難しくないと思うよ」慣れてるし、とはタケルヒノは言わなかった「さっきあなたが言ったとおりセルレス突破の後に来てくれるとありがたいんだけど」
「だよねぇ、タイミング悪すぎるよね、やっぱり。じゃあ、また来るから、それから、数多の星の言葉、っていうの、それ最初は良い意味のあざなだったはずなんだけど、いつのまにか悪口になっちゃって、それも私の悪口。皇帝陛下が悪いんだよ。あのくそじじい。だからそう呼ばれるのあんまり好きじゃないんだ。レウインデっていう別の名前もあるから、レウインデ、そう、レウインデ、そっちで呼んで、みんな一緒に、レウインデ、そうそうそう、レウインデ、忘れないでね。また来るから…」
レウインデはどんどん小さくなって、最後は蛍の光のように明滅して消えた。消えるまで、ずっとしゃべりつづけていた。
ジルフーコがシールドを張り直した。何も言ってこないところをみると、本当に消えたようだ。
「なんか凄いのが来たな」
ビルワンジルはやっと一言コメントした。
「第一光子体を除けば、最も有名な光子体らしいです」サイカーラクラが説明した「情報キューブの中身からすればということですが、私も見たのは初めてなので」
「スゴイよなー、カッコイイよなー」これはジムドナルド「敵だけどなー、ま、そんなのどうでもいいし、ハンサムだし」
「あの人、敵なの?」
イリナイワノフはまだ状況が飲み込めていない。ジムドナルドがいらぬお節介で解説しはじめる。
「敵だよ。あいつ凄い悪者でさ、滅ぼした星なんか数えきれないくらいだ」
「ひぇー」
「滅ぼした、って半分は彼のせいじゃないだろ」タケルヒノは弱々しく抗議した「彼なりの立場ってのもあるんだろ」
「残り半分はきっちりあいつのせいじゃないか」鬼の首を取ったようにジムドナルドは言う「とにかくあいつは悪党だ。これに関しては一片の疑う余地もないね」
「そもそもアレはなにしに来たんだ?」ボゥシューはかなりギリギリの状況だ「聞いたのに、はぐらかして逃げたぞ」
「友達探しに来たって言ってたじゃないか」もうタケルヒノはうんざり気味だ「ああいう性格だから友達少ないんだろう、本人も言ってたし」
「友達? 敵なのにか?」
「親友だって喧嘩もするし、敵同士でも友達になることもあるさ」
イリナイワノフはタケルヒノの態度がとても不思議だったので、小声でサイカーラクラにささやいた。
「ねえ、タケルヒノは、どうして、あのヘンな人かばうのかな?」
「とても良く似てるんですよ」サイカーラクラもひそひそ声で返した「放っておけないのだと思います」
「似てる? 誰が?」
「ジムドナルドです」サイカーラクラは、これ以上は聞き取れないくらいの小声で言う「タケルヒノは、ジムドナルドとかレウインデとか、そういうタイプの人の面倒をみずにはいられないらしいのです。理由はよくわからないんですけど」




