セルレス(2)
ビオトープゾーンの草の上で寝転ぶビルワンジル。
ここは最近ビルワンジルのお気に入りで、同じ場所に何度も寝転ぶものだから、そこだけ草が短くなっている。
ときどきケミコさんがやってきて、ビルワンジルが活動していないことを確認すると去って行く。
農場では畑仕事をよく手伝ってもらうので、荒地仕様のケミコさんはビルワンジルを見かけると寄ってくる。ケミコさん的には、ビオトープゾーンと農場の区別はあまりつかないらしい。あるいはジルフーコのプログラムミスかもしれない。
「ザワディいないね」
頭上からの声に目を開けると、上からのぞき込むイリナイワノフの顔が見えた。
「最近、ビュッフェのあたりうろついてるほうが多いんだよ。ボゥシューが贅沢させるから」
「ボゥシュー、かぁ」
イリナイワノフは、ちょっと別のことを考えたが、思い直して、ビルワンジルのとなりに腰を下ろした。
「ビルワンジルってさ」
「ん?」
「セルレスの話、いつごろ聞いたの?」
「ずいぶん前だなあ、ザワディを引き取りに地球に降りるより前だから」
「あたしもー」
イリナイワノフはおどけて見せたが、ビルワンジルの反応がいまいちなので、少し恥ずかしくなった。それでも話をしないわけにもいかないので、がんばって話した。
「最初に、セルレスの話聞いたとき、どんな風に思った?」
「どうって言われてもなあ」ビルワンジルにはイリナイワノフの意図がわからず、書き割りの空を眺めている「まあ、ややこしい話だなとは思ったけど、だからどうする、って話でもないしな。どっちかって言うと、政府の役人につかまって宇宙船に乗れって言われたときのほうが衝撃的だったから、宇宙がどうのこうの言われても…」
「あたしとおんなじだあ」それからイリナイワノフは、ちょっぴり真剣な顔になった「ボゥシューは一昨日聞いたんだって、なんかショック受けてた」
「ボゥシューはそうかもな」ビルワンジルは何だか納得してしまった「いろいろ宇宙に詳しかったみたいだし」
「うーん、そうだよねー」イリナイワノフは歯切れが悪い「それでさ、どうやって慰めたらいいと思う?」
「え?」
「ボゥシューのこと」思わず声が大きくなった「だって、元気出して欲しいし」
「うーん」ビルワンジルは起き上がって伸びをした「そういうのはタケルヒノにまかせておけばいいんじゃないかなあ」
「え…、でも…」
「て言うか、正直よくわからん」ビルワンジルは本当に困った顔になった「ボゥシューじゃなくて、たとえば、イリナイワノフがショック受けてても、オレどうしたらいいかわからないよ」
「あたしはショック受けたりしないから、いいよ」
「そもそも、オレじゃ女の子の気持ちなんかわかんないし、サイカーラクラにでも聞いたほうがよっぱどマシだと思うぞ」
「それがさぁ」イリナイワノフはうつむいた「実はもう話したんだよね、サイカーラクラには」
「え?」
なにか、イリナイワノフの様子がおかしい。声もかろうじて聞き取れるほどのかすれ声。
「そしたらさ、真っ青な顔して、私セルレスのこと聞いてません、って言い出して…」
「それは…」
「がたがた震えだして、聞きに行かなきゃ、って言うもんだから、イヤならやめといたほうがいいんじゃない、って言ったんだけど、どうしても行く、って、それで…」
「あのさ、それ、オレじゃなくて、もっと頭のいい…」
そこまで言ったビルワンジルの頭に、ジルフーコとジムドナルドの顔が浮かんだ。
――無理か
「あたし、馬鹿だから、もうどうしていいかわかんなくて…」
「いや、イリナイワノフ馬鹿じゃないから、オレのほうが馬鹿だし」
これ慰めにもなにもなってないじゃないか、ビルワンジルはあせりまくったが、これはもうビルワンジルがどうにかできるような類の話じゃない。
「ザワディ」
のそりと現れたザワディに思わず頼ってしまった。
ビルワンジルに呼ばれたザワディは、何事? という面持ちで二歩飛んでやってくる。
イリナイワノフの頬に鼻を近づけ、ふんふん、と匂いをかぐ。
「ざわでぃ」泣きそうな顔でイリナイワノフはザワディの首に抱きついた。
オレがいなかったら、たぶん泣いてるんだろうな、とビルワンジルは思ったが、いまさら立ち去るわけにもいかず。
ビルワンジルは、ザワディとイリナイワノフを見守るしかなかった。




