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ワンダー7  作者: 二月三月
運命の7人
4/251

選ばれた7人(3)


 その日は突然やってきた。

「情報規制は解除されました。28時間後に移送ポッドに乗っていただきます。場所はケニアです」

「それは、たいへんだ。早くパスポート取らなきゃ」

 エイオークニは、にこりともせずに続けた「パスポートの必要はありません、すでに超法規事態ですので。政府専用機がスタンバイしています。ケニアまではノンストップで12時間、空港から合流地点までは3時間と見ています。十分とは言い難いですが、時間はあります」

「時間? ですか」

 エイオークニは一冊のファイルをタケルヒノに手渡す「他の皆さんのプロファイルデータです」

 タケルヒノはパラパラとファイルをめくり、一瞥とすると顔を上げた「美男美女ばかりですね」

「あなたも含めてね」そして真剣な表情でタケルヒノに顔を近づけ、短く簡潔に確かめた「規制は解除されました。どうされますか?」

 タケルヒノが迷っていたのは、おそらく数秒間だけだった。

「お心遣い感謝しますが」タケルヒノはファイルを手に立ち上がった「その件はボクの中ではもう終わりにしました。たぶん、いろいろと我慢できないでしょうから」

 やっぱり、ボクって、冷たいんですかね? と言いながらタケルヒノは、ちょっぴり笑った。

「申し訳ありませんっ」

 エイオークニは深々と頭を下げ、そしてもう、タケルヒノに勧めることはしなかった。

「それで、何をすればいいですか? 飛行機まではどうやって行きます?」

「とくに何も。そもそもここは羽田空港内のビルです。専用機までは歩いて行けますよ」

「ああ、なるほど」タケルヒノは自ら進んでノブに手をかけ、ドアを開けた「ケニアまで道案内をおねがいします。初めてですから」

「もちろん、ポッドに乗り込むまで、同伴させていただきます。ご心配なく」

 部屋から出ると、廊下一面に広がる窓におもわず駆け寄った。外は夜。タケルヒノは夜空の隅々まで目を凝らして探した。

「たぶん、見えないと思います」エイオークニの声が背中ごしに響く「双子船(ツイン)は地上3万6千キロの静止軌道上に移動しています」

「それで、ケニアなのか、赤道直下の」納得顔にタケルヒノが呟いた「本当に規制解除されたみたいですね」

「なんでしたらテレビでもご覧になりますか? もう、たいへんな騒ぎですよ」

「じゃあ、ボクも人気者ですね」

「さすがに、それは、こちらで機密扱いにさせてもらっています。解除したのはむこうだけです。いずれは公になるでしょうが」

「あと一日ぐらいはもつと?」

「一日もてば十分ですし」エイオークニの表情は複雑だった「その後にコトが公になったところで、我々には説明と謝罪くらいしかできることはありません」


「少しは眠れましたか?」

 ジョモ・ケニヤッタ国際空港に降り立ってすぐ、エイオークニは尋ねた。

 いや、あまり、と首を振るタケルヒノを、エイオークニは空港の一室に案内した。

 部屋にはいると、机の上にブーツ、スーツ、グローブ、それにヘルメットが置かれていた。

「これから合流地点までは車で行きますが、現地で着替える場所がないので、ここで着ていただいたほうが良いと思います」

 タケルヒノは卓上に折りたたまれたスーツを手にとった。白色の光沢のある厚手の素材でできた全身タイツだ。

「地球のものではありません」タケルヒノの不審げな様子に、エイオークニが説明する「双子船(ツイン)が送ってきました。だから品質的には我々のものより優秀なのだと思います。ポッドは機密は保たれているけれども、母船に到着するまでは真空、無重量の宇宙空間を通らねばなりませんから、いわゆる船内宇宙服程度の性能が最低でも必要です。それから…」

 エイオークニはここで少し言いよどんだが、口調をゆっくりにして話し続けた。

双子船(ツイン)から連絡があったフライトプランでは、ポッドに乗り込んでから双子船(ツイン)到着まで約3時間かかります。その間はコクピットに完全固定されますので身動きはとれません。というより、コクピットから離れてはいけません。大気圏外での平均加速は0・2G、最大速度はマッハ25を超えますので、動きまわると危険です」

「3万6千キロの衛星軌道ですから、そのぐらいはしかたありませんね」タケルヒノは持っていた船内服を机に戻した「トイレに行きたいんですが」

「それは良い考えです」エイオークニは答えた「トイレはドアを出て左です」

 

 車高高めの軍用車の後部座席、タケルヒノとエイオークニは後部座席に並んで腰掛けている。船内スーツを着こみ、ヘルメットを膝の上にのせたタケルヒノは窓からそとを眺めていた。夜明け前で、まだ気温が低めなのは有難かった。

 ぼんやりと視界が明かりを帯び、やがて、地平線から太陽が顔を出す。

 不意にタケルヒノは、エイオークニに顔を向け、頭を下げた。

「ありがとうございました。いろいろお世話になりました」

「いえ、その…、私は…」エイオークニはひどく狼狽えていた。顔を真赤にして、それでもどうやら言葉を絞り出した。

「あなたは素晴らしい人です」

 こんどはタケルヒノが驚く番だった。タケルヒノとしては、ほんの別れの挨拶のつもりだったのに、過激なほどのエイオークニの反応だった。しかし、エイオークニは止まらない。

「代われるものなら、代わりたい、前にあなたにそう言ったことがあった。でも、無理です。恥ずかしい。私には、無理です。あなたは7人の中で真っ先に双子船(ツイン)に乗ることを承諾し、そして双子船(ツイン)と他に呼ばれた仲間達の情報を集めようと努力しました。そんなことは、普通の人間にできることではない」

「落ち着いてください…、ボクはただ…」

「本当は、あなたの力になりたかった。役に立ちたかった」

 気が付くと、エイオークニの目頭から涙が流れ出ていた。

「いえ、お気遣いは十分に…」

「私はあなたの3倍は生きています。ただ、長く生きてきただけ、何もできない。双子船(ツイン)に何もできないのを言い訳に、私たちは、あなたたちに、すべてを押し付けて…」

「違います。ボクも…、何も…」

「あなたのために何かしたかった。あなたの役に…」

「じゃあ、助けてください」

 タケルヒノの声が響いた。驚いて、エイオークニの慟哭は止まった。タケルヒノも驚いていた。

「ボクが困ったとき」タケルヒノは言った「次に会って、ボクが困っていたら、そのとき、助けてくだい」

「次に…、会ったとき?」

「そうです。次に助けてください」

 タケルヒノはエイオークニの前に右手を差し出した「助けてください」

「助けます。必ず、次こそ、あなたを助けます」

 エイオークニは差し出された手を両手で強く握り返した。

 

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