揺れる星(1)
「これだけじゃあ、なんともわからんなあ」
ジムドナルドがコンソールをにらんだままボヤく。前髪のほつれが額にかかるが気にもしない。
「やっぱり、無理か」
タケルヒノはエウロパとダイモスとの交信記録をジムドナルドに分析してもらっていた。最初はサイカーラクラに頼んだのだが、ジムドナルドのほうがいいだろうと薦められたのだ。
「ダイモスの管理ベースは原語だ。ところがエウロパからちょっかい出してきてるヤツは、あきらかに違う。ダイモス側はほとんど無視しているが、ところどころ応対しているところを見れば、ダイモス側はエウロパ側が何者かというのはわかってるみたいだ」
「エウロパのほうは何者?」
「さあな」ジムドナルドは厳しい表情のままタケルヒノに向いた「サイカーラクラは何て言ってる?」
「さまざまな言語系がまじっているので、よくわからないそうだ」
「雑念も多いしな。情報キューブの中身と照らし合わせると、もっとも妥当なのは情報体だ」
「情報体? 確かなのか?」
「確かか? と言われると怪しいな。確度としては90%程度だ」
「90%だとほぼ確実じゃないの?」
「10%も不確定要素があるのに、確実だ、なんて言えるほど俺は楽観主義者じゃないんだよ」
信条と行動原理っていうのは違うこともあるんだな、タケルヒノはぼんやり考えていた。
「他に、わかることはない?」
「ないなあ」そう言いながらもジムドナルドはニヤリと笑う「でたらめでいいんなら、いくらでも話せるけどねぇ」
「確実性70%で頼む」
そんな低くていいのか、とジムドナルドは大声で笑う。
「こいつらは敵だ」
「敵?」
怪訝そうにジムドナルドの顔をのぞきこむタケルヒノにむかって、彼は大きく肯いた。
「エウロパからの交信、ダイモスはほとんど無視しているが、無視できない規模の場合、大きく生産性が落ちている。邪魔してんだよ、こいつら。宇宙船の建造をね。宇宙船を造ったのが誰かまでは知らないが、総合的に見て俺たちの敵ではなさそうだ。俺たちにとって情報体が敵かどうかはわからない。だが、宇宙船の建造者にとっては敵だ」
ジムドナルドはいったんここで言葉を切った。いつになく真剣なまなざしでタケルヒノに言う。
「だから、エウロパに行くときは十分に気をつけろ。少なくとも宇宙船の建造者と同じように考えていたら、痛い目にあう」
「行くな、とは言わないんだな」
「まあ、むこうもたいしたことはできないだろうしな」いきなり肩の力が抜けるジムドナルド「ヤツラはもうすでに失敗してる。宇宙船は完成したし、俺たちはすでにここまで来ている。理由はよくわからんが、ヤツラの打てる手は限定的なんだろう。それに敵だとわかった以上、それに対する情報を集めなきゃならん。むこうがあまり強い手が打てないうちに、何でもいいから情報が欲しい。そうすれば…」
「そうすれば?」
「もう少しマシなことが言える」
わかった、ありがとう、タケルヒノは立ち上がった。
「あと、もうひとつ」ジムドナルドが付け足した「敵だという前提で、ジルフーコと話し合ってくれ。俺は物理だの数学だのはよくわかんないからな」
「情報体か」
ジルフーコは浮かない顔でメガネのつるをいじる。情報キューブへのアクセスがメガネのレンズに写りこむ。
「光子体ほうだろうね」ジルフーコのメガネに、タケルヒノから見て裏返った光子体の情報が写る「中性子体というか、重中性子体だと、いくら場が乱れているとはいえ、胞を超えて太陽系内まではアクセスできないハズだ」
ジルフーコは鼻梁を押さえてメガネを戻す。
「イオ、エウロパ、ガニメデの軌道共鳴による重力攪拌を利用してるんだと思う。太陽系随一の特殊な周期重力場だから。おまけに木星の重力も強いしね。そうなると、近づくのはかなり危険だな」
「何か良い方法はない?」
「これだけでは何とも」ジルフーコは苦笑した「エウロパ、というか木星近辺までいかないと対策は立てられないな。標準の系でシミュレートして、現状と差分を取ってみるよ。差が出れば、そのあたりを探るかな」
「発信源はたどれないか?」
「宇宙船が完成してからは、むこうはだんまりだからね。過去データだけだとエウロパの付近だということぐらいしかわからないし」
「ま、いろいろやってみてくれ。こっちでも何か考えるよ」
「行かない、って選択肢はないんだよね」
ジルフーコは笑おうとしたが、顔の筋肉がつっぱってうまくいかなかった。
「ないね」タケルヒノはあっさり答えた「ここで怯むようなら、もう先には進めない」
「情報体でしたか」
サイカーラクラは言ったが、その表情はフェースガードに隠れてはっきりとはわからない。
「ああ、そういうことらしい、あなたの薦めでジムドナルドに相談して良かったよ」
「確かに、そういうことなら辻褄は合います。彼らに言語系は関係ありませんから。でも…」サイカーラクラはちょっとだけ言いよどんだ。「情報体に遭遇するのは、もっとずっと先だと思ってました」
「僕もだ」
タケルヒノは言ったが、どんな顔をすれば良いのかわからない。
「ジムドナルドは、情報体が敵だ、と言ったのですね」
「そうだよ、70%以上の確率だそうだ」
「彼が言うのなら間違いはないでしょうが」サイカーラクラの声はとても小さくなった「面倒なことになりますね」
「タケルヒノ」
「お、ボゥシュー」呼ばれて振り向いたタケルヒノはボゥシューの顔をのぞき込む「どうした? 元気ないみたいだけど」
「エウロパ、行かなくてもいいぞ」
ボゥシューは努めて平静を装っている。それは彼女にとってとても難しいことだ。
「ジムドナルドに聞いた?」
ボゥシューは首を振る。
「…ジルフーコ」
「ジルフーコは行くなって言ってなかったろ」
「でも、いろいろたいへんなんだろ?」
「まあね」タケルヒノは笑った「あ、そうだ。ビルワンジルとイリナイワノフにまだ言ってなかったな。こういうことは、ちゃんとみんなで決めないと。他のみんなも集めてくるから、先に食堂で待ってて」
「よーし、行くぞ、ザワディ」
ビルワンジルはフリスビーを投げた。小宇宙船のビオトープではせまくて壁に当たってしまうから、そこは手加減する。
手抜きの遠投ではザワディ余裕である。なんなく空中でキャッチした。
「すごーい、ザワディ」イリナイワノフは大喜びだ「犬だけじゃなくて、ライオンでもできるんだね」
おーい、と呼ぶ声にふりむくと、タケルヒノが手を振っている。
「ここにいたんだ、探したよ。ちょっと相談したいことがあるから、二人とも食堂に来て」




