となりの星(5)
「ジルフーコとタケルヒノ、ダイモスにこもりっきりみたいだけど、どうしたんだ?」
ボゥシューはゲート前でビルワンジルを捕まえた。ボゥシューの質問はいつも直線的だ。
「新しい宇宙船に、かかりっきりなんだろ」
「古い宇宙船でもコントロールできるだろ。ケミコさんに指示出すだけなんだから。わざわざ宇宙服着て無重力で仕事してる理由がわからん」
「あ、そーか、何でだろうな」
ビルワンジルが返事したときには、もうボゥシューの姿はなかった。
「なーにしてるんだー」
突如、現れたボゥシューに、ジルフーコとタケルヒノは悲鳴をあげる。ボゥシューはタケルヒノの肩越しにコンソールを覗きこむ。
「なんだよ、いきなり…」
タケルヒノに文句をいう隙も与えず、ボゥシューが騒ぎ出した。
「エウロパだ。エウロパじゃないか。エウロパ行くのか」
「あーあ、見つかっちゃた」
ジルフーコが笑った。それにしても、よく写真だけでわかるもんだ。
「ここダイモスとエウロパとの間で頻繁に交信してた記録があるんだ」タケルヒノはしぶしぶ話しだした「最初は火星の地上基地がメインだと思ってたんだけど、むしろあちらがサブで、宇宙船の建設はダイモス側でコントロールしてた。そのダイモスに対してエウロパが…」
「そんなことは、どうでもいい」ボゥシューがタケルヒノの説明をぶった切る「エウロパ行くのか? 行かないのか? 行くんだな?」
「そりゃ、行きたいけど、こういうことは、みんなとよく相談して…」
「よし、みんなが良いって言えばいいんだな。ジルフーコは?」
ジルフーコは笑いながら、ヘルメットの上に両腕をかざし、大きくマルを作った。
あとはまかせろ、そう言ってボゥシューは宇宙船に戻っていった。
はあ、と嘆息したタケルヒノの肩を、ジルフーコがぽぽんと叩いた。
「まあ、手間がはぶけて良かったじゃない、説明はボゥシューがしてくれるらしいよ」
「説明はしないだろ、ボゥシューは」
「説得かな?」
そんな良いもんじゃないだろ、もういちど嘆息したタケルヒノは、あきらめてコンソールに向き直った。
「エウロパ、ですか?」
「そうだ、すごいぞー、海もあるんだよ。サイカーラクラも行きたいだろ」
「海っていっても数キロメートルもある氷の下じゃないですか」
「お、良く知ってるな。サイカーラクラもエウロパ好きなんだ」
「好きか嫌いかと聞かれれば、好きなほうだとは思いますけど。木星の第2惑星、イオとガニメデとの間に挟まれ、軌道共鳴による潮汐力で発生した摩擦熱によって溶けた氷でできた海です。生命の存在も予想されてはいますが、こんな過酷な状況でも生物が生存可能かどうかは難しいところです」
「だから探しに行くんじゃないか」
「そうですねえ。私は自分で冒険するより、冒険した人の話を聞くほうが好きですから。ボゥシューが行って、私にお話し聞かせてください」
「お安い御用だ。すごい話、聞かせてあげるよ。ぜったいだ」
「エウロパ?」
「そうだ、木星の衛星だ。ガリレオの4衛星のひとつだ」
「お、面白そうだな。もともと木星にはタケルヒノも行くって言ってたしな。オレも行くぞ」
「さすがビルワンジルは話がわかる、一緒に行こう」
「氷の下の海って怖くない?」
「そうかなあ、北極の氷の下だって海だし、そんな怖くないと思うぞ。ペンギンとかアザラシも氷の下泳ぐことあるし」
「え? ペンギンいるの?」
「いや、その…、ペンギンはさすがに難しいかも…、でも、なんかいるかもしれないし…」
「ボゥシュー…、行きたいんだよね?」
「うん、まあ、ちょっとね…、…行ってみたい」
「じゃあ、あたしも行こうかなぁ、なんちゃって…」
「ありがとう、イリナイワノフ、一緒に行こう」
「あ、その…、ものすごく行きたいって、わけじゃなくて。だから、その、ちょっとぐらい、ちょっとだけだよ、ボゥシュー。あーん、待ってよ。そんな、少しだけで、ボゥシュー、あたしは、そんなに…」
「こら、エウロパ行くぞ」
「おお、エウロパか、いいなあ、すごいぞ、いますぐ行こう」
「あいかわらず馬鹿だな。いますぐは無理だ。新しい宇宙船ができなきゃ行けない」
「えー、宇宙船なんか、すぐできるだろ。ジルフーコとタケルヒノならお茶の子さいさい、ってやつだ」
「いままで何の心配もしてなかったのに、オマエと話してると、どんどん不安になってくるんだが…」
「情けないこと言うなよ。そんな弱気でどうする。エウロパ行くんだろう? 志をしっかり持て」
「オマエの言うとおりだ。エウロパに行くぞ」
「よし、その意気だ。ボゥシュー、がんばれ」
「ありがとう」
「ところでさ、ボゥシュー、ちょっと聞きたいことあるんだけど…」
「何だい? ジムドナルド」
「エウロパ、って何だ?」




