となりの星(4)
ダイモス内の集中管理室で、ジルフーコとタケルヒノがコンソールを操作している。ビルワンジルがやってきた。
「改修って言ってたけど、一から作り直すことにしたんだな」
「タケルヒノの提案でね」ジルフーコはコンソール操作の手は止めずに、ビルワンジルの問いに答えた「資材も十分だし、何よりケミコさんを大量補充できたのが大きい、火星基地のケミコさんも、資材収集が終わったら、こちらに来てもらう予定だよ」
「じゃあ、古い方の宇宙船はお払い箱かい?」
「いやいや、とんでもない」
ポン、とコンソールの入力キーを叩いたタケルヒノは、ビルワンジルに振り向いた。
「新しい宇宙船にくっつけて持って行くよ。もったいないからね」
「何に使うんだ?」
ビルワンジルの顔はヘルメットの遮光バイザーに隠れてよく見えないが、声からするとかなり困惑している様子だ。
「いろいろ、さ」タケルヒノは言った「第一用途は予備だな。宇宙の旅なんて初めてだからなあ、何が起こるかわからない。途中で宇宙船が使えなくなる可能性だってあるかもしれない。そんな時にもう1隻予備があれば、なんとか切り抜けられるかもしれない」
「ずいぶん慎重なんだな」
「この件に関しては慎重すぎるってことはないからね」
タケルヒノは、ふと思い出してビルワンジルに尋ねた。
「火星への遠足組はもう出かけた?」
「うーん、まあな」ビルワンジルは歯切れが悪い「イリナイワノフ、ボゥシュー、ジムドナルド…、ザワディも一緒だから、まあ、なんとかなるだろ」
「ザワディ?」タケルヒノがいかにも怪訝だ、と声を上げた「宇宙服はどうした?」
「ボクが作ったよ」ジルフーコが言う「ボゥシューがうるさくてさ。作った後は何も言ってこないから、サイズはあってるんじゃないかな、たぶんだけど」
「ザワディ、もっと胸を張るんだ」
ジムドナルドはザワディの前にしゃがんで、しきりとけしかける。
「お前は火星に降り立った初めてのライオンなんだ。お前は百獣の王のその中の王、まさにキングオブキング。この火星の大地をかけるただ一匹の…、わぁ」
ザワディは、ぴょんとジムドナルドを飛び越えて、ててて、と駆けていってしまった。慌ててジムドナルドは追いかけるが、普段ですら、ジムドナルドには捕まえることなどできないのに、重力3分の1である。右に左にひらひらかわすザワディは絶対捕まらない。
最初、ザワディは宇宙服を着せられて、かなりむずがっていたが、新しい遊びだと認識したらしく、すぐ慣れた。なにより、ひさびさの広い地面であるうえ、なんだかいつもより体が軽い。
「おう、待てよ、ザワディ、待てったら」
ザワディはまたかわし、走り去って、止まって待つ。
ザワディは、ジムドナルドが嫌いではなかった、言っていることはいちばんわからなかったが、ザワディといちばん遊んでくれる。他の人は、ビルワンジルですら、ザワディの鬼ごっこにあまりつきあってくれないのだ。
「仲いいね、ザワディとジムドナルド」
「精神年齢が近いんだろうな。アイツら」
イリナイワノフとボゥシューは、沈みゆく夕日の中、奇妙な鬼ごっこを見つめていた。
地球で見るよりずっと小さな太陽は、それでも夕焼けを空にかけ、一人と一匹の長い影を地表に描いた。
「ザワディ、いなくなっちゃたらどうする?」
少し不安げにイリナイワノフが尋ねた。
「大丈夫だ」
ボゥシューはそばを通るケミコさんの追跡をはじめた。イリナイワノフは少し迷ったが、ボゥシューを追いかけた。
「ねぇ、ボゥシュー、ほんとに大丈夫なの?」
「大丈夫だ」ボゥシューは繰り返した「ザワディの宇宙服には発信機がついてるし、いざというときには、催眠ガスのアンプルも入れてあるから、逃げまわっても遠隔操作で眠らせて捕獲できる、心配ない」
「そっか」
ケミコさんがトレーラーにドッキングし、資材を運搬しはじめる。むこうのロケットまで運ぶようだ。
イリナイワノフは、いったんは落ち着いたものの、また不安を覚えてボゥシューに尋ねた。
「ねぇ、ジムドナルドは?」
「え?」
聞き返すボゥシューに、イリナイワノフが繰り返し尋ねる。
「ジムドナルドは大丈夫なの?」
地平線近くに一人と一匹がたわむれる様子がぎりぎり見える。もうほとんど点に近く、ここからではどっちが人間なのかすら判別は難しい。
「無線通じてるから、場所はわかるとは思うけど」ボゥシューの声はやる気なさげだ「ジムドナルドの宇宙服には催眠ガスなんか仕込んでないしなあ。だいたい、アイツがいなくなったって、何か不都合なことあるのか?」




