となりの星(1)
「タケルヒノ、ちょっと」
「ん? どしたの?」
ジルフーコに呼ばれたタケルヒノは彼のコンソールまで移動する。
「火星地表面のリモートセンシングの結果なんだけど」
「え? でも、これは…」
「うん、ボクも、そう思ってさ、これが無人探査機の送ってきた映像で」
「いや、ちょっと、これ…」
「だろう? どうする? 火星はパスするかい」
「いや、でも、ここ一ヶ所だけだろ?」
「うん、一ヶ所だけ、場所はずせば、安全だとは思うけど…」
「これ、たぶん精錬されてるよなあ。だとしたら、だいぶ手間が省けるけど」
「いいの? かなり危険だと思うけど」
「無人探査機は、ちゃんと動いてるんだよね」
「まあね、あとちょっとでエネルギー切れだと思うけど」
「攻撃はされてない、と」
「なんか行く気まんまんじゃない?」
「だって気になるだろ、普通」
「先発隊が三人だけっていうのは、まあわかる」
「そうですか」
「何故、その三人にワタシが入ってないんだ?」
ボゥシューは怒っている。ボゥシューが怒っていること自体は珍しくないので、その点、サイカーラクラはあまり気にはしていなかった。気になるのは、なぜ私に? ということぐらいだ。
「ボゥシューが火星降着の先発メンバーに入ってたら、私ならびっくりします」
サイカーラクラは、あまり他人の気持ちをおしはかることをしないので、言い方は比較的ストレートだ。
「そうだ、びっくりだ。そんなことがあったら、ワタシだってびっくりだ。タケルヒノの常識を疑うぞ」
この人、いったい何を言ってるのかなぁ、というのがサイカーラクラの正直な気持ちだ。
「もう、この間、地球に降りたんですから、火星はいいじゃないですか」
「それとこれとは話がぜんぜん違うだろー」
面倒なので、サイカーラクラはフェースガードを閉めた。ボゥシューはさんざんわめいて、ぷい、と、どこかに行ってしまった。
イリナイワノフのところには行けないので、行くとすればザワディのところぐらいしかない。
ザワディかわいそうだな、とサイカーラクラは思った。
「なあなあ、なんかあるんだろアソコ」
ジムドナルドはいつにもまして馴れ馴れしい。
「あるよ」ジルフーコはそっけない「あるから探索しに行くんだよ」
「面白そうだよなぁ、ぜったい、おもしろい。俺も行きたいなぁ」
「そりゃあ、そうだろうね」
「ジルフーコは行きたくない?」
「行きたいよ。でも、後で行くから、今回はいいよ」
「後で、とか、そういうつまんないこと言うなよ、ジルフーコ」
「ジムドナルド、キミは、おもしろい、つまらない、以外の判断基準ってないの?」
「ないよ」
あまりに即答な上に、この時のジムドナルドは真顔そのものだった。
「キミが行くと、面白くなりすぎるから」ジルフーコが言った「今回は我慢しな」
おぅ、とかなんとか叫んで、ジムドナルドはどこかに行ってしまった。
「わあ、ありがとう」
イリナイワノフはテーブルの上の銃と実包に感激の声をあげた。
「ボルトアクションのカービン銃ってリクエストだったから。ボク、銃はあまりくわしくないので、Kar98kってやつをコピーしたんだ。銃床は木ってわけにはいかないから、プラスチックなんで、感触とかは違うかもしれない」
ジルフーコの説明を聞きながら、イリナイワノフは慣れた手つきで空装填し、スコープに片目をつける。
「すごい、すごい、本物みたい」引き金を引いて確認する「たぶん、これいけそう、ありがとう、ジルフーコ」
「オーダーシステム使ってコピーしただけだから、細かいところは不具合があるかもしれない」
ジルフーコは、なぜか少し照れくさそうだ。
「ううん、大丈夫」イリナイワノフは銃口の先から銃身をのぞく「ライフルもきちんと切れてるし、仕上げもばっちり、あとは、あたしが調整すれば」
「弾のほうは1000発用意したけど、もっといる?」
イリナイワノフは首をふった。
「十分だよ。調整には200発もあれば十分だし、それに、これ全部使うような目には、あんまりあいたくない」
「そういうわけなんで、よろしく頼む」
「まかせとけ」
タケルヒノに説明を受けたビルワンジルは、大きく胸を張った。
「いやあ、こんなに早く出番が来るとは思わなかったから、正直、とてもうれしいよ」
「出番、って何?」
訝しげに尋ねるタケルヒノに、ビルワンジルは笑って答えた。
「だってオレ、体力選考だろ。頭使うほうは全然みんなにかなわないからさ。こういう重労働系の仕事なんて、まだ先のことだと思ってたから」
「いや、そういう意味で、君とイリナイワノフを選んだわけではなくて」
タケルヒノはどういうわけか落ち込んでいる。
「え? 違うの」
ビルワンジルの問いに、タケルヒノは肯いて話しだした。
「こう言っちゃなんだけど、ジムドナルドとかボゥシューとか、こういう時に連れていけるわけないじゃないか。ジルフーコとサイカーラクラは、なんていうか、ちょっと得体の知れないところがあるし。できれば僕としては、こういう不測の事態が起こりかねない状況だと、普通の判断力を持っている人と一緒に行動したいんだ」
「あ、ああ」
ビルワンジルは、弱々しく肯定した。
「僕だって命は惜しいんだよ」タケルヒノは力説した「床一面にガソリンまいた部屋に、爆弾抱えて入っていくとか、イヤなんだよ、そういうの。火種がなければ爆発しないとか、そういうことを平気で言う爆弾と一緒はイヤなんだ」




