選ばれた7人(2)
「申し遅れましたが、エイオークニです」
あの宇宙船の資料が欲しい、と頼んだ時に言われた。本当にどうでもいい。
それでもエイオークニは、すぐさま写真を用意してくれた。モノクロではあるが十分な大きさに引き伸ばされ、細部まで確認できる。中心部の膨らみは垂直に下方に突き出していて推進機関のように見えた。両端の膨らみは中央部より明らかに大きく、左右で形が少し違う。
「我々は双子船と呼んでいます」とエイオークニは言う。
カラーフィルムでも撮影、現像まではできる、とエイオークニはスライドにしたカラーフィルムも持ってきてくれた。通常プリントはカラーの場合デジタルしかなく、双子船が干渉してきてダメなのだという。
そのかわりにこれを、とエイオークニが持ち込んだのは8ミリフィルムの映写機だった。
「どこでこんなものを?」
タケルヒノの問いに、エイオークニは、たまたま職員に趣味で持っている人がいたので、などと答えていたが、おそらく嘘だ。あまりにも操作に手慣れている。おそらくエイオークニの私物なのだろう。
さっそく照明を暗くして壁に投影すると、双子船が回転しながら移動する様子が確認できた。ストップウォッチも借りて測定すると、双子船の自転速度は68秒だった。
「何のために自転しているかは定かではありませんが」エイオークニは言葉を選びながら説明する「双子船の全長と回転周期から計算すると、双子船両端の遠心力は地球表面での重力にほぼ等しいと思われます。ですから…」
エイオークニはここでタケルヒノの目を見つめて、言った。
「もしかすると、双子船は地球人が乗ることを前提に設計されたのかもしれません」
「むこうも、それなりにボクらに気を使っていると考えて良い?」
「はい」
エイオークニの視線はまっすぐだった。それに答えて、タケルヒノは、ありがとうございます、と返した
「我々の義務ですから」とエイオークニはわざと素っ気なく返したが、口元は少し嬉しそうだった。
語学レッスンは、ありきたりだが英会話から始まった。その他にエイオークニが手配してくれたのは、中国語、ヒンズー語、ロシア語、スワヒリ語、フランス語だった。他の招待者についての情報は制限が厳しいらしく、おそらくこれは、エイオークニのぎりぎりの配慮だろう。もちろんタケルヒノは、そこを狙ってお願いしたわけだ。
ヒンズー語、スワヒリ語を使う地域は公用語に英語も含まれるからそれほど熱心にやらなくても良さそうだ。それに時間もそんなにあるわけじゃない。
出発について、タケルヒノは、しつこいほどエイオークニに尋ねていたが、そのたびにはぐらかされていた。交渉が容易でないのは想像がつくとして、見通しも立たないというのには納得できなかった。
「この交渉の担当部署で、あの宇宙船に誰かを乗せたいなんて思ってる人間は一人もいませんよ」
エイオークニはうっかり発言が多いのだが、こう口を滑らせたのも本音の部分が少なからずあったのだろう。
ただ、そんなことを言われても、タケルヒノにしたって、あの宇宙船に乗りたくてぐだぐだ言っているわけじゃあない。タケルヒノがほぼ即断に近い形で宇宙船に乗ることを承諾したのは、考えたくないことが多すぎるのも原因のひとつだ。卑怯と言われればそれまでだが、考えたくないことは考えたくない。
「代われるものなら…、代わりたいです。でも、年齢が…」
年齢?
感極まってか、この時のエイオークニは涙すら浮かべていていた。年端もいかない子どもたちにこんなことを…、と重ねて言いながら。
つくづく向かない人だな、とタケルヒノのほうはむしろ呆れていたのだが、それにしてもおかしなことがある。
タケルヒノは自分が運悪く、あの宇宙船、に乗ることになったのだとばかり思っていたのだ。ランダム抽出であたったモルモットみたいなものだと。だから中学生の自分がいたっておかしくはないんだろう、ぐらいに考えていた。
が、エイオークニの態度を見れば、別の状況も考えられる。
あの宇宙船から召喚されているのは…
実は…、全員、中学生なんじゃないのか?
確かにそれなら、ぎりぎりまで粘って断る方向に持っていきたいのもわかる。大人には大人の面子っていうのもあるんだろう。得体の知れない宇宙人に中学生を何人も差し出せと言われて、ハイハイと言うとおりにはできないんだろう。
それら全部も含めて、ガードが硬いのだとしたら、こちらサイドの対応については、まあ、同情はできる。
理解したくはないが。
に、したってだ。
日本政府というか、それとも国連か? こんな事態になったら手も足も出ないというのは、そんなもんだろうし、そもそもこんなことを想定していないのは十分に予想はつく。
だから、こき下ろしたところで時間の無駄だが。
それにしたって、
いったい、あの宇宙船は何を考えているんだ?