出発(たびだち)の星(6)
「火星だ、火星に行くぞ」
いきなりボゥシューがぶちあげた。
「火星は行くけどさ」ジルフーコがボゥシューをなだめる「先にどんなものが必要なのか説明させてくれよ」
「いいぞ、火星に行くんならなんでも聞いてやる」ボゥシューの興奮はおさまりそうにない。
「火星には行くさ」ジルフーコは再びボゥシューをなだめつつ、説明を急いだ「火星大気はアルゴン以下の軽元素を採取するのに都合が良いし、重力が地球の3分の1程度なので、鉱物資源を採取して宇宙船まで運ぶのにエネルギーをあまり使わなくてすむ点も有利だ。もっとも、鉱物資源に関しては小惑星帯か、外惑星の衛星で採掘したほうが楽だとは思うけど、なんらかの事情で採掘不可能な場合もあるから、後戻りは面倒なんで取れるだけ取っておいたほうが良い。水素、ヘリウム、あたりは木星か土星で採取、こんなとこかな」
「天王星も海王星も冥王星もあるぞ」これはジムドナルド「よれるとこ全部よればいいじゃないか、けちけちするな」
「たまには良いこというな」ボゥシューが尻馬に乗ってくる「そうだ、行けるところは全部行くんだ」
「それはダメだ」タケルヒノはにべもない「資源量が目標に達して、宇宙船の改修がすんだら全速力で太陽系を抜ける。行っても木星までだ」
ちぇ、と二人はふてくされたが、タケルヒノに逆らう気はないらしい。
「船の改修って、何するんだ?」ビルワンジルが尋ねた。
「この船、小さいんだよ」ジルフーコが答える「この船の設計は、地球の周回衛星軌道で船殻の強度が十分持つぎりぎりの大きさで作ってある。これ以上大きいと、地球の重力で船殻にひずみが出てしまうんだ。もう、地球には帰らないから…」
ここでジルフーコはいったん言葉をきった。ほんのすこし待ってみたが、誰からも反論がなかったので、また説明をはじめた。
「…、無重量空間なら、いくらでも宇宙船を大きくできる。ボクとタケルヒノの試算だと、最低でも駆動部はいまの10倍の能力は必要で、そのほかにも…」
「そんな大きなものどうやって作るの?」イリナイワノフがびっくりして聞いた。
「ああ、大丈夫」そういえば、言ってなかったな、ごめん、とジルフーコは謝った「船外作業用のケミコさんがたくさんいるので、現時点で200体ぐらい、500ぐらいまではすぐにも増やそうと思ってるんだけど」
「そんなたくさんいるの? ケミコさん」
「いるよ、メンテナンスに必要だもの。船外作業が主だから、船の中にいるとあまり気づかないけど」
「10倍っていったら、宇宙船20キロメートルになるの?」
「いや、10倍は駆動部だから、全体はこんな感じ」
ジルフーコは大型コンソールに設計図面を表示した。現在の宇宙船を比較のため、同縮尺で貼りつける。
「3~4倍はあるな」
「あるね。あと外側の重力区画は周上で全部つないでしまうから、中央通らなくても、他の区画に行けるよ」
「本当に空とぶ円盤みたいな格好だね。ものすごく大きいけど」
「そこまで、でかくするんなら、ビオトープも広げられるな」
「そうだね。ザワディもいるし、完全な生態系は無理でも、いまより過ごしやすくはなる」
「よし、プールも作ろう。日焼け用のサンライトもいるな。やはり快適な生活こそが豊かな…」
「オマエは黙れって、さっきから言ってるだろ」
「ザワディ」
イリナイワノフが声をかけると、昼寝中だったらしいザワディが片目を開けた。
「ここねえ、もっと大きくなるんだって、いますぐじゃないけど、よかったねー」
「火星に行くんだぞ、火星に」
ボゥシューがキャットフードを持ってやってきた。ザワディは彼女の足元にすり寄る。
ザワディは火星には興味がなかったが、このカリカリしたのは、最近のお気に入りだ。
「火星って、そんなに素敵なところなんですか?」
誰に、というわけではないが、サイカーラクラがぼんやりと呟いた。
「火星が素敵かどうかなんて、ワタシも知らん」
ボゥシューは、ザワディに一個ずつキャットフードを投げ、ザワディはそのたびに逃さず、ぱくりと飲み込む。
「でも、火星は、火星だ。それだけで行く価値がある」




