出発(たびだち)の星(5)
「わあ、すごい」
ヘルメットの中にイリナイワノフの歓声があがる。
地球軌道をはなれてすぐ、本格的な航行の前に、主駆動機関を見ておいたほうがいいんじゃないか、というタケルヒノの提案で、宇宙船の中央部、無重量区画に全員が集まった。
主駆動機関は船外と同様、真空なので船外作業服は必須だ。ボゥシューもオリジナルデザインはやめて、タケルヒノ仕様にしている。
主駆動機関というのは直径5メートルの金属製の真球だった。
「主成分は鉄で、それにクロム、コバルト、あと微量の…」
「どうやって動かすんだ?」
ジルフーコの説明をボゥシューがさえぎった。
「いま、ここでは無理だよ」ジルフーコの声がヘルメット内に響く「見学終わってから、食堂でくわしく説明するよ」
食堂に皆が集合すると、タケルヒノとジルフーコが互いに譲り合っている。いつも僕ばっかりだし、というタケルヒノの主張で、押し切られたジルフーコが説明することになった。
「アインシュタインの相対性理論から、XYZの三次元に時間を加えた四次元でこの世界を説明することが多くなったんだけど」
説明用の大型コンソールに、XYZのカーテシアン座標系とプラスの時間軸がつけくわえられる。
「他の座標が長さなのに、時間軸だけ単位が違うとやりにくいから、普通は時間に光速度をかけて長さに変える」
コンソールの時間座標tにも光速度cがかけられctで表示される。
「それで、普通の物体を表示すると、こうなる、やたらと時間軸方向が長いんだよ。たとえば、直径1メートルの球が1時間存在したとして、時間軸方向は長さに換算すると10億キロメートル」
画面上の球が、座標が移り変わっていくと針金のように伸び、また球に戻るのを繰り返す。
「これ、4Dアニメだから、実際にはこんな感じだな」
コンソールの画面が切り替わり、さっき見た主駆動機関、5メートルの金属球が表示される。
「よく見ててよ。限界までやるけど、ほんの一瞬だから」
球が、一瞬、その幅のまま円柱になり、消えた。
「5メートルなんで、フル変換すると100億分の2秒くらいしかもたないんだけど、条件緩和して縦が100万キロメートルくらいにしかならないようにして、こんなもんだ」
ゲートが開いて、新しい球が押し出されてくる。もとの位置に収まった。
「これがレールだと思ってくれればいい、実際にはパルス動作で、ひとつの球を何千回も使うんだけど、伸ばしては戻し、伸ばしては戻し、でね。で、レールに対してリニアモーターカーと同じ電磁推進する。これで宇宙船が加速する」
「使い捨てのレールを何本も持ってるようなもんか?」
「そうだね。ボゥシュー、そんな感じだよ」
「駆動原理は、だいたいわかったけど、次元変換やら電磁駆動に使うエネルギーはどこから出てるんだ? もっというと、この宇宙船の動力源だが」
ボゥシューの問いに、タケルヒノとジルフーコは顔を見合わせた。
「それ、説明しないとダメかな?」とタケルヒノ。
「魔法の力で、とかじゃ…、ダメ、そうだね…」ジルフーコもボゥシューの視線に語尾をにごす。
「別にわからないんなら、それでかまわないけど」ボゥシューは言った「知ってるんなら、説明してくれ。まあ、こっちが理解できるかどうかは、保証のかぎりじゃないけど」
タケルヒノとジルフーコが二人で押し付け合いをしていたが、結局、タケルヒノが折れて、話しはじめた。「ジルフーコが、本当のところは良くわからないから説明したくないというので…」タケルヒノも及び腰だ「まあ、僕もわかってる範囲の説明しかできないけど、それでいいなら…」
「前置きはいいんで、早いとこたのむ」
「わかったよ」ボゥシューには適わないや「すべての物質は素粒子でできている。ま、クォークなんてのもあるけど、それはそれとして、電子を例にとろう。二つの電子があって、電磁気力で反発するから電子同士はどんどん離れていく。電磁気力というのは距離の二乗に反比例するんだが、この力は無限遠までとどく、無限遠まで二つの電子が離れるのに必要なエネルギーは、実は無限大だ」
「うん、なんとなく、わかる気がするぞ」
「ありがとう、で、二つの電子でもそうなんだが、電子は実は量子といって波の性質ももっている。電子の持つ電場は自分自身にも作用するので、量子力学で電子の自己エネルギーを計算すると無限大になる」
「だいぶわからなくなってきたが、かまわないから先にいってくれ」
「電子を例にとったけど、これはあらゆる素粒子にあてはまる。つまりこの宇宙は、無限大のエネルギーに満ち溢れている。計算上は」
「でも、実際には無限大のエネルギーなんてない」
「だから物理学は相互作用という概念で説明している。実際には複数の素粒子が相互に作用しているから、実効エネルギーとしてはその差分、無限大マイナス無限大で実エネルギーになるということにしている」
「している、ってことは、ごまかす手もあるのか?」何故か、ここでジムドナルドが割ってはいる。
「ごまかしているわけじゃないが、方法はあった。もとが無限大だから、有限のエネルギーを使ってももとは減らない」
「エネルギー保存則はどうなってんだ」さすがにボゥシューは簡単には納得しない。
「エネルギー保存則は閉じた系での話だ」タケルヒノが話し続ける「さっき説明した次元変換では、実はエネルギーは増えたり減ったりする。増える変換だけを優先的に続けると…、まあ、それがこの宇宙船の動力源だよ」
「大丈夫なのか、それ?」ボゥシューは驚いて声をあげた。
「正直な話、あまり大丈夫そうじゃない」いままで黙っていたジルフーコが答えた「実は、次元変換はこの宇宙だけの話じゃない、別の次元を経由するんだ。本当は別次元のことも考えて定式化しなければならないのに、情報キューブにはその部分が抜けている」
「これはなかなか危険だぞぉ」ジムドナルドが立ち上がった「エネルギーというのは富だ。富の偏在は軋轢を生む。調子よく他人から金を巻き上げるのは、最後には恨みを買うんだ。俺たちが呼び出された理由もそれと関係あるな、俺のカンがそう言っている」
「オマエは黙ってろ」ボュシューが叱りとばす「ただでさえ、ややこしいのに、話をこれ以上複雑にするな」
「難しいお話、ありがとうございました」サイカーラクラはフェースガードを閉じたままで言った「ところで、わざわざ説明していただいたということは、この話、何か私たちの旅に関係があるのでしょうか?」
これまで、完全なお客さん状態だった、ビルワンジルとイリナイワノフも、サイカーラクラの言葉に、うんうん、と肯いた。
「もちろん、大あり」やっと、面倒な話から開放されそうだと、タケルヒノが安堵の顔つきになる「旅を続けるには、主駆動機関の金属球とか大量の資材がいるんだよ。あれ使い捨てだからね。それに、この船自体も改造というか増築が必要なんだ。それで、どこでその資材を調達するか、これから、みんなと相談しようと思って」




