出発(たびだち)の星(3)
「話って、何ですか?」
多目的機の動力を切ることなく、タケルヒノは上部ハッチを閉めることだけをやめた。
エイオークニはV-22垂直離着陸機を着陸させ、そのまま飛び降りると、多目的機のそばまで駆け寄った。
エイオークニは英語で話しだした。
「あなたたちがばらまいた情報キューブのデータは、地球上のクラウド・ストレージを侵食し、完全コピーがクラウド内で自立しました。もう我々では消去できません」
タケルヒノも英語で答えた。
「ええ、そうですね。そのようにウイルス、というか情報自体を組み立ててありますから」
なるほど、とボゥシューは思った。帰還には数週間、準備が必要だとタケルヒノが言っていたのは、この事だったか。
宇宙船の中なら超高速インターフェイスが使えるが、複製につけた地球向けの低速インターフェースでは転送に時間がかかる。その時間が必要だったわけだ。
「情報は地球のコンピュータ群に分散して配置されたと思います」タケルヒノはエイオークニに言った「もうインターネット上で誰でもアクセスできます。もしかして、そうなったことを教えに来てくれたのですか?」
「いえ、違います」
エイオークニは、ここまできて、なにかしらためらっていたが…、意を決して、再び話しだした。
「タケルヒノ、どうしても、あなたに聞かなければいけないことがあるのです」
あまり気のりはしなかったが、エイオークニの真剣な眼差しに押され、タケルヒノは、しぶしぶ聞いてみた。
「それは、何でしょうか?」
「わたしたち、いや、地球人類は、これから何をしなければいけないのでしょうか?」
「恥ずかしいことを言うんじゃない」ジムドナルドが、ゆらりと立って、エイオークニを叱責した「よりによって、タケルヒノにそんなことを聞くなよ。恥だろ、恥」
よりによってオマエが言うなよ、とボゥシューは思ったが、黙ってた。
「あなたの言うとおりだ、ジムドナルド博士」しかし、エイオークニはひるまない「私は、いま、とても恥ずかしい、だが、いくら恥ずかしくても、聞かなくてはならない」
エイオークニは繰り返した。
「我々は、どうしたらいいんですか?」
タケルヒノは沈黙思考した。
どんな質問にも、ほぼ即答のタケルヒノしか見たことのない仲間たちにとって、それは永劫とも感じられるほどの長さだった。
「危機が近づいているのだと思います」タケルヒノは口を開いた。
「情報キューブの中身を構築したような文明も抗しきれない危機です。だから僕らが呼ばれた。本来なら、これから長い年月をかけて自ら獲得するはずだった知識を、一足飛びにして、駆けつけなければならない、それほどの危機です」
「それが、どんな危機なのかは僕にもわかりません。しかし、こんな無茶を仕掛けてくるわけですから、当然、僕らが行っただけではおさまらない。おそらく地球も巻き込まれます」
「まきこまれる?」
エイオークニは確かめるように聞き返した。タケルヒノも、また、同じ言葉を返した。
「巻き込まれます。だから、情報キューブの中身を公開した。人類全員にとはいかなかったが、インターネットアクセスができる人ならもう誰でも情報を得られる」
「公平に、ということですか?」
「公平じゃ、ありませんよ」タケルヒノは少し笑った「ある人はやすやすと情報の意味するところを知るだろうし、ある人にはちんぷんかんぷんです。むしろ格差は広がるでしょう」
「それは各人の努力で…」
エイオークニの抗弁を押しとどめて、タケルヒノは話し続ける。
「無理やり技術レベルを引き上げたのだから、当然、社会に歪みはでます。歪みが大きくなりすぎれば崩壊するでしょう。でも、どうにかしてもらわないといけません」
「どうにかしないといけませんね」
こころなしかエイオークニの目に光が見えた。
「どうにかしてもらえますか?」
「わかりました。どうにかします」エイオークニは晴れやかな顔で、タケルヒノの問いに答えた。
「ありがとう」エイオークニは言った「また会える時まで、私たちもがんばります」
「え?」今度はタケルヒノが困惑する番だった「いくら何でも、もう会えませんよ」
「ありがとう、みなさん」エイオークニはタケルヒノの言葉を寄せつけぬ笑顔で、機上の彼ら全員に敬礼した「また会う日まで、みなさんの旅の安からんことを」




