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ワンダー7  作者: 二月三月
始まりの終わり

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終わらない物語

 

 ゾンダードに住んでいる。

 最初は、ジムドナルドと一緒に地球へ行こうという話しになりかけたのだが、サイカーラクラが拒んだ。

 生まれ故郷に帰りたい、と言うのだ。

 サイカーラクラがゾンダードに行ったことはないハズだ。よくわからないので、その件はボゥシューに助言を仰いだ。

 ボゥシューが言うには、単に地球に行きたくないだけだろう、ということだった。

 いま、表層の(丶丶丶)サイカーラクラ(丶丶丶丶丶丶丶)は、よりよい自分の定位置を求めている。ボクらは、サイカーラクラ以外、地球が故郷なので、たぶんそれが困るのだ。

 ボクとしては、地球にそれほど思い入れがあるわけではないので、ジルちゃん(丶丶丶丶丶)彼女(丶丶)の生まれ故郷のゾンダードに帰るというのは、それほど抵抗はなかった。

 それに、もともとゾンダードには、ビルワンジルとイリナイワノフがいた。

 とくに、イリナイワノフがゾンダードにいるのだから、ゾンダードが故郷といっても、それほど問題にはならないのじゃないかと思った。

 今日はビルワンジルとイリナイワノフの家に遊びに行く。

 多目的機(マルチロール)は、かなり小さくした。サイカーラクラとボクしか乗らないのだから、もとの機体は大きすぎるのだ。本当は新しく造るほうが簡単だったが、サイカーラクラが操縦席に何かうさぎみたいなシールを貼っていたので、やむなく、改造という手段をとった。もちろん、操縦席の天板を入れ替える方が楽だが、操縦席以外にもシールを貼っているかもしれないので、その方法は取らなかった。

 

 

「アンヌワンジル、ダメですよう。ザワディつぶれちゃいますよ。おばちゃんが来たから、おばちゃんと遊びましょう」

 ビルワンジルとイリナイワノフの家に来ると、たいていは、ザワディからアンヌワンジルをひきはがすところからはじまる。

 アンヌワンジルは、いまのところまだ普通の赤ん坊なので、ふさふさしたザワディは大好きだ。でも、サイカーラクラのことも好きらしいので、サイカーラクラが抱っこすれば、それはそれでおとなしい。

 ザワディのほうは、アンヌワンジルをヒューリューリーみたいな何か、としか思ってないようで、それなりの扱いをしている。

「あー、アンヌワンジルはいいからさ」台所からイリナイワノフの声がする「ビルワンジルにでも預けて、こっち手伝ってよ」

 はーい、と返事したサイカーラクラは、アンヌワンジルを父親に託して、台所に走っていく。

「いつも邪魔してすまないね」

 言いながら、ケーキの箱をテーブルに置くと、アンヌワンジルは興味津々らしく、父さんの腕から身を乗り出して、箱に手を伸ばす。

 娘の手をしっかりガードしたビルワンジルは笑いながら答えた。

「なあに、気にすんな。お客さんが来るといつもより手のこんだ料理が出てくるから、俺としても歓迎だよ。普段は、まあ、ちょっと素朴な料理が多いから」

「素朴な料理?」

「うん、まあ、煮たりとか焼いたりとか」

「シチューとかソテーかい?」

「いや、そういうのじゃないな。煮たり、焼いたりだ。あまり味はついてない。俺はわりと好きだけどな」

 もてあまし気味のビルワンジルは、ザワディにアンヌワンジルを返した。赤ん坊はしきりにテーブルを指してザワディになにか言うのだが、ライオンのほうは大きくあくびをして、目を閉じ、寝たふりをした。

「家の前の畑もずいぶん広がったね」

「やりだすとな。つい力が入るから。家族だけならあんなにいらないんだがなあ。ひとりでやってると種類増やすのが面倒なんで、ついつい量が多くなる」

「売れば?」

「売るほど作る気はないよ」ビルワンジルは笑った「金稼ぐ必要もないしな。いつも通り、好きなだけ持っていってくれ」



 夕飯は鶏のソテーだった。少しダーの味がしたから、味付けはサイカーラクラがしたのかもしれない。

「そぅかぁ。ジムドナルドのとこは男の子なんだあ」

 アンヌワンジルを寝かしつけたイリナイワノフが部屋に帰ってきた。

「私は見たことはありませんが」サイカーラクラが言う「ダーが言ってました。金髪だそうです」

「へぇ、じゃあ、お母さん大喜びだね。ラーベロイカはジムドナルドの金髪、とても気に入ってたから」

「そうなんですか」

「そうだよ。あー、ジムドナルドにもラーベロイカにも赤ちゃんにも会いたい」

 ね? とイリナイワノフは傍らのビルワンジルをつつく。

「まだアンヌワンジルが小さいからなぁ」ビルワンジルは少し渋った「もう少し大きくなったらみんなで行こう」

「わー、いいね、それ、みんなで行こう」

 それ以降、地球行きの話しでもりあがった。サイカーラクラも平気で話しに加わっていたので、遊び程度ならとくに問題はないのかもしれない。

 

 

 毎日来てもいい、とビルワンジルもイリナイワノフも言うのだが、さすがにそういうわけにもいかない。

 だから、それ以外の日は、サイカーラクラと散歩した。

 サイカーラクラにとっては、市街地の人混みもまんざらではなさそうだったが、ボクが人混みが苦手だったので、どちらかというと山や湖に出かけた。

 湖ではよくボートに乗った。

 あいかわらずボクは幼馴染のジルちゃんで、ボートを漕いでいる最中は、ずっと思い出話しに花を咲かせる。

 実のところ、ボクは宇宙船(ダート)に乗るまでの記憶があまりはっきりしない。物心ついてから、科学と数学には興味があったものの、他のことにはあまり感心はなかった。

 もちろん、サイカーラクラとボートに乗った記憶はないわけだが、じゃあ、同じころの他の記憶があるのか、と言われれば曖昧なのだ。完全()情報体(リーンファノア)になったときにすべて統合されたはずだが、励起子体(パウフラニア)に戻るときに取捨選択されたのだろう。

 何度もボートに乗って、サイカーラクラの話しを聞くうちに、別に幼馴染のジルちゃんで悪いことは何もないことに気づく。そうだ(丶丶丶)ということをサイカーラクラは知っている(丶丶丶丶丶)が、そうでない(丶丶丶丶丶)ことは誰も知らない。

 さて、ボクはジルちゃん(丶丶丶丶丶)で全然かまわないが、サイカーラクラ本人のほうは少し微妙なようだ。

 彼女のことを「サイカーラクラ」と呼んでも、あまり反応しない。しばらくしてから、何かに気づいて返事をすることはあるが、自分がサイカーラクラだという確信は持てないらしい。他の宇宙船(ボード)のみんなの名前は覚えている。ヒューリューリーのことすら覚えている。ただ、名前は覚えているが、関係性が少しあやしい。ヒューヒューさんは、手品師のお兄さんということになっている。ダーはお母さんだが、コンピュータとは思っていない。仕事が忙しくてあまり家にいなかった、と言っている。

 ジムドナルドに言わせると、彼女は自分を再構築中なのだそうだ。ボクが完全()情報体(リーンファノア)から励起子体(パウフラニア)に戻るときも似たようなことをした、と言っていた。ボクはもう完全()情報体(リーンファノア)ではないからよくわからないが、ジムドナルドがそう言ってるのだから、そうなんだろう。

 では、サイカーラクラの再構築が完了したときに、サイカーラクラは自分のことを思い出すのかと言うと、そういうわけでもないらしい。ジムドナルドが言うには、彼女のほうに宇宙が合わせるかもしれない、んだそうだ。そこでは、ボクは本当にジルちゃん(丶丶丶丶丶)で、ボゥシューはお姉さん、タケルヒノはお姉さんの恋人、ビルワンジルとイリナイワノフはボールゲームで知り合った友だちで、ジムドナルドはタケルヒノの親友だ。

 サイカーラクラは自分の名前以外の細かなできごとをボクによく話してくれる。それは妙な現実感があって、彼女の記憶の中ではすべて辻褄があっている。繰り返しサイカーラクラの話しを聞いているうちに、それでかまわないんじゃないか、とボクも思うようになった。

 実際問題、あの宇宙船(ボード)でのとてつもない話しなんかより、サイカーラクラの話しのほうがはるかに現実味がある。知らない人に話しをするのなら、絶対に、サイカーラクラの話しのほうが受け入れられやすいと思う。

 

 

 昨日の晩はちょっとたいへんだった。

 サイカーラクラが突然、お姉さんに会いたい、と言って泣き出したのだ。

 サイカーラクラは、一晩泣き明かした。どうしたらいいかわからなかったので、サイカーラクラに乞われるまま、一晩中、彼女を抱きしめていた。朝になったらケロッとしていたので、何があったのかよくわからない。

 地球に行って、お姉さんに会ってみるかい? と尋ねると、そういうことではないのだそうだ。

 もう大丈夫だから、とサイカーラクラは言うし、地球に行く、ということにまだ何かしらの抵抗があるようだった。

 無理強いするようなことではないので、とりあえず様子を見ることにした。

 

 

 その日の午後。

 サイカーラクラがぼーっとしている。

 椅子に腰かけ、何もない部屋の天井をじっと見つめていた。

「どうしたの?」

 聞いてみた。

「退屈なのです」

 答えがあった。

「本でも読めば? キミ、本読むの好きでしょう」

 サイカーラクラは顔をこちらに向け、言った。

「全部読んでしまいました」

「全部?」

「はい」

 これは情報キューブの中身を全部読んでしまったということだ。

 確かに、サイカーラクラにならできないことではないが、それにしても、早かったな。

「ちょっと待っててね」

 書斎に入り、装丁したばかりの本を一冊、取り出した。

「はい、これ」

 差し出された本を不審げな目で見つめるサイカーラクラ、そのままの目でボクに視線を移す。

「これは?」

「いいから、読んでみて」

 ボクに言われるまま、サイカーラクラは表紙を開ける。1ページ、1ページと、しだいにページをめくるスピードが速くなる。

 サイカーラクラを部屋に残し、ボクは書斎に戻った。オーダーシステムを使って次の巻の準備をする。

「これ、すごい、ねえ、この本は何?」

 息せききって書斎に飛び込んできたサイカーラクラがまくしたてる。

「おもしろい、おもしろいの。ボゥシューはお姉さんそっくりだし、イリナイワノフはとっても素敵。ジルフーコがかわいい。タケルヒノもジムドナルドもビルワンジルもみんなかっこいい。それにレウインデ、宇宙皇帝。サイユルとベルガーにも行くの。こんなお話し読んだことない。続きは? ねえ、続きは?」

 はい、と2冊目を手渡すと、嬉々として表紙を開けようとするサイカーラクラ、が、急にその顔がくもり、手にした本をパタンと閉じた。

「でも、いくら面白い本でも、読んでしまったら、そこでおしまいになりますね」

 サイカーラクラはさびしそうに言った。

「もっと、ゆっくり読むことにします。この本はとても面白いから、なるべく終わりが遅くなるように」

「大丈夫だよ」ボクは言った「この本は終わらないから」

 え? サイカーラクラの顔がさらにくもる。か細い声で問いかけてくる。

「この本、未完なのですか? 途中で終わってしまうの?」

「未完は、未完だけどね」ボクはサイカーラクラに説明した「途中では、けっして終わらない。ボクが書いてるんだ。約束する」

「あなたが?」サイカーラクラの目がまんまるになった「あなたが書いてるんですか? ジルフーコ(丶丶丶丶丶)、あなたが、このお話しをずっと書き続けてくれるの?」

 ひさしぶりに、ボクの名を呼んだサイカーラクラに、そうだよ、とボクは肯いた。

「うれしい、私、とってもうれしい」サイカーラクラは本を握りしめたまま抱きついてきた「ずっと、私の夢でした。けっして終わらない物語を読み続けること。その夢が叶うんですね。ジルフーコ、あなたが叶えてくれるんですね」

「そうだよ、サイカーラクラ」

 ジルフーコは、言った。

「ボクは永遠に書き続ける。ジムドナルドの冒険が終わっても、ジムドナルドの息子がいる。アンヌワンジルもいる。やがて彼らも宇宙を駆け巡るだろう。彼らだけじゃない。彼らの子供も、その子供もだ」

 それでも物語は終わらない。その物語はジルフーコとサイカーラクラの物語でもあるから。

 


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