ジムドナルドの冒険(17)
店を出ると肌寒い。冴え冴えとした月明かりが地上を照らす。
牧童帽は、フランドガナンの口の滑りを補うために、酒瓶を1本あてがった。
「ひゅー、胃にしみるぜ」フランドガナンは瓶を直接口にあてて流し込む「で? 何が聞きたい?」
「宇宙船乗組員の話しだ」牧童帽は言う「クローンのあてがあるんなら、一口乗りたい」
「おぉっ、お前、客かよ」フランドガナンはいきなりむせた「てっきり、こっち側の人間かと思ってたぜ」
「ガセか? なら、このままサヨナラだ」
待て、待て、待て、とフランドガナンは牧童帽の二の腕を掴んだ「短気を起こすなよ。俺のとっておきのネタなんだ。安売りは御免だ。なんてったって、お前、確実なネタなんだ。クローンは1体きり、手に入れるのは骨だが、度胸と金さえあれば、何とかなる」
フランドガナンは、金さえの部分を強調した。
「クローンが1体きり、ってのはどういうことだ?」
「それが、普通のクローンじゃねえのよ。まあ、だいたいの話しをしても、どうせお前には見つけられねえ。俺には光子体の知り合いがいるからな。そいつからの情報だ」
「光子体? あんたの知り合い? また大きく出たな」
鼻で笑う牧童帽に、フランドガナンはトサカにきてまくし立てた。
「ハン、そうやって馬鹿にしてりゃあいい、けど、俺の話しを最後まで聞いたら、これが本ネタだって納得するよりねえのサ。事のはじまりは、先駆体世代の女だ。こいつが宇宙船に乗り込んで…」
「ん? 何だって?」
「先駆体だ」フランドガナンが癇癪玉を破裂させた「お前だって知ってんだろが、あの、空の上に住んでるいまいましいガキどもだ。宇宙船に押しかけたのは、その中でもとんでもないジャジャ馬だったらしいがな」
「どこかで聞いたことがあるような話しだな…」
「聞いたことあるだと? 馬鹿言ってんじゃねえ。俺のネタ元以外は誰も知らない話しだぞ。お前なんぞが耳にしてるわけがねえんだ」
「…ふん。まあ、他の話しだったかも知れん」
「おう、そうともよ、お前の勘違いだ。決まってらあ」調子づいたフランドガナンは酒瓶の中身をあおった「で、その先駆体の女が、自分の腹の中に宇宙船乗組員のクローンを仕込んだ。腹の中だ。わかんだろ? その後、宇宙船からずらかって、どこかでそのクローンを産み落としたんだ」
どうだ、と言わんばかりにふんぞりかえるフランドガナン。
牧童帽は、意外にもフランドガナンの話しを真面目に聞いているようだった。目深にかぶった帽子の下で、彼の目が光ったように見えた。
「…違うな」
「んだとぉ?」
「大筋は合ってるような合ってないような、微妙なとこだが、決定的に違うところが2つある」
口を開けようとしたフランドガナンに、牧童帽は声を出す隙を与えなかった。
「子供を産んだのはこの胞宇宙じゃないから、あんたには見つけられん」
「せるべるぅ? …んに言ってやが…」
「あとな、クローンじゃないから」
「あん?」
「クローンじゃないんだよ」牧童帽は言った「俺の子供だからな」
「こ…、こども、とか、何言ってんだ、テメェ…」
「俺の子供なんだ」
帽子をとった男の金色の髪が月明かりに揺れた。
その顔を、いや、神々しいばかりに輝く金髪を見た瞬間、フランドガナンは、あんぐりと開けた口を閉じることもできずに、その場にへなへなとくずおれた。
仮にも宇宙船乗組員のネタで人から金を引っ張ろうとした男である。
その金髪が何を意味するのかぐらいは、酒精漬けの脳みそにもわかった。
「もう、くだらない詐欺はやめとけ、フランドガナン」
ジムドナルドは、冴え冴えとした笑顔を向けつつ、言い渡した。
「さもないと、宇宙皇帝みたいに、ブラックホールに突き落とすぞ」
人のものとは思えない悲鳴を上げ、フランドガナンは転がるようにどこかに消えた。
月が高い。
氷る夜の光が降りそそぐ。
「ずいぶん、回り道をしたな」
ジムドナルドが独り呟くと、暗がりから影のように男が現れた。
「すみませんでした」
エイオークニは、この時ばかりは素直に謝った。
「口止めされてたんだろ」
ジムドナルドは笑った。
「ええ、まあ…」エイオークニは言葉をにごす「ダーも同じです」
「俺もあいつも、意地っ張りだからなあ」
月を見上げながら笑うジムドナルドに、エイオークニは尋ねた。
「地球に行きますか?」
うーん、と、ジムドナルドは少し困った顔をした。
「まだ、片付けなきゃいけないことが残ってる」ジムドナルドは灯りの漏れる酒場の窓を見つめながら言った「酒3本は多かったよ。あの馬鹿ども、あれを飲みほすまで、しばらくは出てこないな」




