ジムドナルドの冒険(15)
「あらかじめお約束いただかないと…、急にいらしても、お会いできませんが」
ハビタントレーズ上級副社長のジオグランテスは、おそらく受付嬢の言ったであろう言葉をそのまま繰り返す。心の中の本当の声は、ここには来るなと言ってあるだろうバカめ、だ。
「いや、そいつは、重々承知してますが、何とも…、急用なもので…」
モニター越しにおどおどしながら話すダイキュロアは、自分の後ろが気になるようで、話しながらもチラチラと視線を送る。見ると、帽子を被ったスーツ姿の男が2人、ダイキュロアの後ろで談笑していた。
――しくじったな
ダイキュロアが何をしくじったのかまではわからないが、このまま追い返しても、後ろの2人が出てくるだけなのだろう。受付でもめて騒ぎが大きくなったら、もみ消すのも一苦労だ。
「…どうぞ、部屋までお上がりください」
ダイキュロアのほっとした顔が映ると同時に、モニターを切ったジオグランテスは、嘆息しながら椅子にもたれた。
「どうぞ」
ノックの音に、不愛想にジオグランテスが応じると、スーツ姿に帽子の男がいきなりズケズケと部屋の中にはいってきた。
「何だ、君は?」
男はジオグランテスはの机に歩み寄ると、コンソールの前に手をかざした。いきなり数個のダイアログが開いて、極秘情報を表示し出す。
「わ、何だいきなり、やめろ」
ジオグランテスは、男の腕にしがみついて邪魔しようとするが、びくともしない。あわててコンソールを止めようとするのだが、コンソールはジオグランテスの指示にはまったく従わなかった。
「いてて、やめろって、ちゃんと入るから」
ドアのほうを見ると、ダイキュロアがもう1人の帽子の男に引きずられて部屋に入って来る。ダイキュロア、きさま、などとジオグランテスは叫んでみたが、差し当たっては何の役にもたたなかった。
「こっちはファニアランズシリーズ不具合の隠ぺいで、これがティムナーに出したシステム設計の受注覚書…と、ほう、裏帳簿か、脱税もしてるのな…」
「何の権限があって、こんなことをするんだ。場合によっては違法捜査で…」
「権限? そんなものはないさ」男は言いながら帽子を脱いだ「探してる情報がみつからないんだ。あんた、宇宙船乗組員の話しを知らないか?」
「宇宙船乗組員だと? あんな根も葉もないうわさ話しを…、あっ」
ここでようやくジオグランテスは、男の髪の毛に気がついた。ライザケアルではほとんど見ることのない美しい金髪だった。ジオグランテスの体が瘧のように震えだす。
「ウソだ…」ジオグランテンスの声も震えている「あんなものは光子体の与太話しだ。あり得ない…」
「ほう? あんた、俺のこと知ってるのか」
金髪の男は嬉しそうにジオグランテスに笑いかける。
「知らない…、私は、何も知らない…」
必死で首を振るジオグランテスに、金髪は、猫なで声で言ってきかせる。
「自己紹介を忘れたな。俺はジムドナルドって言うんだ。なあ、教えてくれよ。いったい俺は、あんたらにどう思われてるんだ?」
「…金髪の悪魔…」
目をまんまるに見開いて、そう言ったのはダイキュロアだった。
「頼む、殺さないでくれ」ダイキュロアが叫んだ「あんたがジムドナルドだなんて知らなかったんだ。そこにいるジオグランテスにちょっと脅してこい、って言われて、本当だ。あんたが宇宙皇帝をブラックホールに落っことしたジムドナルドだなんて知らなかったんだよ。本当だ。みんな、そいつ、ジオグランテスのせいだ。助けてくれ」
「私のせいにするなぁ」こんどはジオグランテスが金切り声をあげた「ちょっと探り入れてるのがいる、って言ったら、黙らしてやるからまかせとけ、って勝手に出てったんだろ? 本当だよ。ルミザウから仕事は請け負ったが、あくまでビジネスの話しで、私は宇宙皇帝とは、何の関係もないんだ。もともとルミザウの話しだって、そいつが…」
「何だと? 確かに話し持ってきたのはオレだが、途中からはオメェだって、ノリノリだったじゃねぇか」
いつの間にか、ジムドナルドそっちのけで、口汚く言い争いをはじめるダイキュロアとジオグランテス。ジムドナルドは笑いながら、エイオークニに声をかけた。
「なんか俺、ヒドイ言われようだな」
「それほど酷くもないですよ」ダイキュロアの右腕を掴んだまま、エイオークニが言う「細かいところはともかく、大筋はそんなものだと思いますけど」
いまさらながらに、はっと気づいたダイキュロアは、自分の腕を掴んでいる男に尋ねた。
「あんた、何者だ?」
「エイオークニですが…」
ひっ、と叫ぶと、ダイキュロアは、必死の思いでエイオークニの手を振り切り、後ずさりして壁に張りついた。
しまった、と近づくエイオークニに、ダイキュロアは手をむちゃくりゃに振り回して応戦する。
「やめてくれぇ、殺さないでくれぇ、店の外にいた奴らをボコボコにしたあの棒っ切れで宇宙皇帝の腕を切り落としたんだろ。たのむ、後生だ。見逃してくれぇ」
「おい、いいかげんにしろ」
ジムドナルドは笑いながら、ダイキュロアの襟首を押さえつけた。
「何にもしやしないよ。別にあんたらが、詐欺を働こうが、その辺のやつら脅して金を巻き上げようが、宇宙皇帝の一味に加担して非合法の装置を売りさばこうが、俺たちには関係ないことだ」
ダイキュロアにかまっている内に逃げ出さないかと心配したエイオークニが、ジオグランテスの傍による。
結果から言うと要らぬ心配だった。ジオグランテスは魂の抜けた顔で、床にへたり込んで動かなかった。
やっとおとなしくなった2人の小悪党に、ジムドナルドは言い渡した。
「あんたら、ずいぶん俺たちの噂に詳しいらしいな。それで、ちょっと頼みがあるんだ。言うこと聞いてくれたら、あんたらの悪事はみんな見逃してやるよ」
ダイキュロアとジオグランテスは互いに顔を見合わせる。何が何だか、2人にはまったく状況が飲み込めなかった。
「ボゥシューの、宝物、って知ってるか?」
ジムドナルドは、一語、一語をくぎって、ゆっくりと2人に問いただした。
「フランドガナンが…」
ジオグランテスが、ぽつり、と言うと、ダイキュロアが尻馬に乗った。
「そうだ、奴が、なんか、そんなことを言ってた」
「ほう、そんなヤツがいるんだ」ジムドナルドはニヤリと笑う「詳しい話しを聞こうか」
「フランドガナンのことを言えば」恐る恐る、ジオグランテスがジムドナルドに聞いた「他のことは見逃してくれるのか?」
「もちろんだとも」ジムドナルドは太鼓判を押す「だって宇宙皇帝もルミザウも、もういないんだ。そんなモンにかかずらっても、良いことなんかないぞ」




