ジムドナルドの冒険(13)
「髪の毛染めたいから手伝えですって?」
「ああ、頼むよ」
ダーは胸の前で腕を組み、ちょっと難しい顔つきになった。そして、ジムドナルドの額にかぶる金色に光る巻き毛を見つめながら言った。
「どうして?」
「ライザケアルは金髪がほとんどいないんだ。このままだと目立つ」
ダーは腕を組んだまま、ジムドナルドの周りをぐるりとひと回りした。
「目立つと何かマズイことでもあるの?」
一周して再び目のあったダーは、ジムドナルドの瞳をのぞき込む。
「うーん、まあ」気恥ずかしくて、ジムドナルドはダーから目をそらした「よく考えると、マズイことは何もないな。目立った方が、かえって仕事が楽になるかもしれない」
でしょう、とダーは微笑む。
「そのままのほうがいいですよ。別の髪のあなたなんて、まるでジムドナルドじゃないみたいですから」
言い残すと、ダーはスタスタと部屋から出て行ってしまった。
「頼みたいことがあるんだが…」
そう言ってジムドナルドはエイオークニに耳打ちした。
ジムドナルドの内緒のお願いを聞くうちに、エイオークニの顔が次第に曇る。
「そういうのは、あまりやったことがないんですがね」
「そういわずに、頼む」ジムドナルドはエイオークニの目の前で手を合わせた「他に頼めるやつがいないんだ」
「まあ、そうでしょうけどね」他にいない、という点にはエイオークニも同意した「あまり気乗りはしませんが、やってみましょう」
フロメランタ宝飾。
ライザケアルの宝飾店の中でも伝統、質ともに一、二を争う、フロメランタ。ディトナック支店は、フロメランタの中ではめずらしくポート内の商業区に居を構え、店構えこそ小さめだが、数ある支店の中でも売り上げはダントツだった。
そのフロメランタ―ディトナック支店、店の前に止まった車の後部ドアが開き、やや頼りない足取りで、老婦人が車から出てきた。お付きの者がサポートにまわる一瞬の隙に、すっと路地裏から出てきた男が、老婦人の肩を軽くたたく。
何事? と老婦人が男を見上げた瞬間。
男は無言で婦人の手にしたバッグをひったくった。
甲高い悲鳴の上がる中、警護の者たちの間を華麗にすり抜け、男は彼方へと逃走する。
まんまと獲物を仕留めたかに見えた男だったが、逃げ去る後ろから、突如、バッグを持った手を掴まれる。
驚いて振り向いた目の前には、
スーツ姿の金髪の青年。
彼は、捕まえた男の手を軽くねじると、見たこともない体術で、男を路上に投げ飛ばした。
したたかに体を打った男は、立ち上がるより先に、自分の手の内を見る。
――ない
顔を上げた男に、金髪は、笑いながら手にしたバッグを高々と掲げてみせる。
不利を悟った男は、ぱっと身体を返して一目散に逃げ出した。
スーツの金髪は、男を見送ると、ゆったりとした足取りで老婦人に近づく。
癇癪を起こして、周囲の者たちを怒鳴り散らす婦人に、彼は、バッグを手渡した。
「お気をつけて」
皆、唖然として、言葉を失う中、金髪の男は悠然とその場を立ち去った。
「何をぼさっとしてるの、早く追いかけなさい」
我に返った婦人の叫びに、従者が思わず問い返した。
「どっちをですか?」
その間抜けな問いに、老婦人の怒りが最高潮に達した。
「両方に決まってるじゃないの、馬鹿なの?」
「あんなものでいいんですか?」
そういうエイオークニの顔は浅黒く塗られている。俺の髪を染めるのは嫌がったのに、エイオークニの変装は嬉々としてやるんだもんなあ、ジムドナルドはダーに幾ばくかの不満を覚えたが、それをエイオークニにぶつけるわけにもいかない。
「上出来だよ」ジムドナルドは言った「ちょっと投げが大きかったかな。大丈夫か?」
「受け身は取れましたから、私のほうは大丈夫です。それより、あのおばあさんのほうは、怪我はなさそうでしたか? とくに手荒なまねをしたつもりはないんですが…」
「あれだけ大騒ぎできるんだ。体のほうはなんともないだろ」
ジムドナルドもエイオークニも、さっきのかっぱらいの小芝居の恰好のままだ。
ジムドナルドは英語で話しながら大げさな身振りでエイオークニに札束を渡す。エイオークニも道端でわざわざ札の枚数を数え始めた。
「あの、おばあさんは何者なんです?」
「ばあさんは、普通のばあさんだな。息子がハビタントレーズの社長なだけだ」
はたから見ると、スーツの金髪が雇った男に金を支払っているように見える。もちろん、それも含めての芝居なわけだが、英語を使う彼らの話す内容を聞き取れる者はライザケアルにはいないから、まわりからすれば、かなり奇異に見えただろう。
「ハビタントレーズ? 何の会社です?」
「機械設備系で手広くやってるけどな。用があるのは裏の仕事のほうだ。ティムナーの変電設備の設計を請け負ってたんだ」
「なるほどね」エイオークニが右手をあげて挨拶する「着替えて化粧を落としてきますが、ひとりであまり無茶はしないでくださいよ」
「ハイ、ハイ」
人ごみに消えるエイオークニを目で追いながら、なんだか最近、エイオークニはあの紐に口調が似てきたな、とジムドナルドは心配になった。




