ジムドナルドの冒険(10)
金髪の酒場での最後の言葉は、はっきり覚えている。
その後のことはよくわからない。
嘘つくなコノヤロウ、と本当は言ってやりたかった。
でも、無理だった。
金髪が本当のことを言っているのは、ディアファルケンにもわかった。
すべてわかった。
あらゆる雑多な思いが一気にディアファルケンの頭に噴出し、目の前が真っ暗になって、そして、何もわからなくなった。
ディアファルケンが気づいたとき、彼は椅子にしばりつけられていた。
朦朧とした頭を振って、あたりを見まわしたディアファルケンは、あまりのことに絶叫した。
空が、まわり全体にある。
床のふちから下、高山の峰から見下ろしたような景色が見える。曲がりくねった川が、街が、畑が、森が…
しかも動いてる。
縛られた椅子の中でもがき、意味のない叫び声を発するディアファルケンに、前方の椅子に座っていた金髪が振り向いて声をかける。
「お、目が覚めたか、気分はどうだ?」
ディアファルケンは押し黙り、もう一度まわりを見まわした。
空だと思ったものは、よく見ると映像の貼りついた壁だ。テレビみたいなものなのだろう。
映画で見たシーンにこんなのがあった。壁の映像が動いているだけで、本当は止まったままの部屋、その中で飛行気分を味わうのだ。
でも、違う。ディアファルケンは本能的にそう思った。いま俺は飛んでいる。ディアファルケンは飛行機に乗ったことはなかったが、そう思った。この金髪野郎は、わざわざそんな面倒なことはしない。壁に外の映像が映し出されているのは、たぶん、そのほうが便利だからだ。
「いま、イグダシア山のあたりを飛んでる」
「イグダシア山?」
「そうだよ、ほら」
金髪は左の下のほうを指さした。確かに隆起し白く輝く地形が見える。ディアファルケンもイグダシア山は知っているが、下から見上げるだけで、上から見たことはなかったので、そう言われても、確認できるほどの自信はなかった。
「どこに行く気だ?」
ディアファルケンの問いに、金髪は待っていたように答える。
「ドレファー変電所だよ」
「ドレファーだと? 何をする気だ」
金髪は、その問いには、笑うだけで答えなかった。
落ち着いて体をまさぐると、椅子にはしばりつけられているわけではなかった。固定ベルトの留め金は簡単な操作で外れた。ディアファルケンが椅子から立ち上がっても、金髪は、とくに何も咎めなかった。
ディアファルケンは、すぐに椅子に腰を戻し、座ってじっと考えた。
金髪がディアファルケンから輝かしい職業と誰もが羨む生活を奪ったのだとしたら、すべて合点がいく。
別に、そのことを悔いて、せめてもの罪滅ぼしに、ディアファルケンに飲ませた、なんて話しでは、けっして、ない。
国際電力供給公社の崩壊は、公社の人間にとっては悪夢だったが、それ以外の人間にとっては福音だった。
天の恵みの代わりに空から降ってくるようになった魔法の小箱は、公社の供給する配電設備より、ずっと手軽で便利だった。全ての電気機器が、つなぐだけで動いた。電気自動車ですら動いた。さすがに電車や大型船舶といった大物は一個では無理だったが、それでも何十個とつなげれば何とかなった。
しかもタダだ。
公社の電力だって破格の安値ではあったのだが、それにしたってタダにはかなわない。最初、公社側は、結構な値段で魔法の小箱を買い取ったりもした。それを配電設備の末端に接続して、天の恵みの代わりにしようとしたのだ。ディアファルケンも魔法の小箱を買い集めるグループに所属して必死になって箱をかき集めたこともある。一時、この目論見はうまくいきそうにみえたのだが、次から次へと際限なく降り注ぐ魔法の小箱の前に、無限とも思えた公社の資金も瞬く間に底をついた。小箱を売りさばいた連中のほうが賢かった。公社の事情など知ったことではない、売ったら金になるし、電気はまた降ってきたやつを使えばいいのだ。
公社で機器の開発部門にいた連中は、一般の会社に移ったり、自分らで会社を設立したりで、そこそこ羽振りは良かった。貧乏くじを引いたのはディアファルケンのような管理部門にいた人間である。彼らは全てを失った。
そんな中、金髪は、ドレファー変電所に行くのだと言う。ドレファー変電所は、ダボン国のみならず、この星で最大最新の変電所だった。
もう、この星の人間は、変電所―国際電力供給公社などに興味はない。天の恵みが降らないのだから、魔法の小箱が無かったとしても、誰も公社のことなど気に留めないだろう。もし変電所に用がある奴がいるとしたら…
天の恵みを止めた奴に違いない。
そこまではディアファルケンにも想像はついた。
が、変電所に何の用があるのか、そして、いったいディアファルケンに何をさせる気なのか、それはぜんぜんわからない。
ディアファルケンは前方のシートにもたれる金髪をじっと見つめた。
「お、なんだ?」ディアファルケンの視線に気づいたらしい金髪がうれしそうに笑った「なんか、聞きたいことでもあるのか?」
ディアファルケンの頭の中をありとあらゆる疑問が駆け巡った。しかし、結局は、言葉にならず、押し黙ったまま金髪を見つめるだけだった。
失望、というほど大げさなものではなかったが、
金髪は、さっきとは別の笑いを浮かべながら、ディアファルケンに言った。
「そろそろ着くぞ。シートベルトを締めろ。俺の操縦は、他人の話しじゃ、ずいぶん荒っぽいらしいからな」
ディアファルケンは、あわてて座席のベルトを締めた。




