出発(たびだち)の星(1)
「なんか、もう、こーんな角度で、ドーン、って突っ込んで来たからぁ」
「えー、こっちは、わざわざ海に着水して、夜になってから移動したのに。そんなのでいいなら、もっと簡単だった。タケルヒノの言うこと聞いて損した」
「急いでいたので、しょうがなかったんです。あのへんは、海から遠いですし」
「それで、サイカーラクラったら、出てくるなり、ババババーッて、50人位を撃ち殺しちゃって」
「撃ち殺してません、それに、針銃は、そんな音しないし、人数も18人です」
「似たようなもんだ」
「違います。私は銃を使いましたが、イリナイワノフは素手でやっつけた、って、先生が言ってましたし」
「あたしは5人しかいなかったし」
「私は武器なしなら、一人でも無理です」
「あー、悪いんだけど」多目的機の操縦をしたまま、タケルヒノが言った「誰でもいいから、ジムドナルドに薬飲ませてくれない? 彼、一人じゃ無理そうだから」
わかったー、そう言って、ボゥシューが一番後ろの座席で唸っているジムドナルドのそばに行った。
「ほら、飲め」ボゥシューは、鎮痛剤と抗炎症剤をジムドナルドの口に押し込んで水を飲ませた「こうなるのはわかってただろうに、馬鹿なヤツだ」
「そんなこと言ったって、あんなの貰ったら、使ってみたくなるに決まってるじゃないか」
全身の痛みに身悶えしながら訴えるジムドナルドに、ボゥシューは深く嘆息した。
「オマエ、馬鹿だな。ホームラン級の馬鹿だ」
8人乗りの多目的機は、エルブルス山からケニアに向かっている。
「ビルワンジルどうしてるかな」
イリナイワノフはタケルヒノに聞いた。タケルヒノは渋い顔だ。
「うーん、帰還要請はまだないし、あまりうまくいってないんじゃないかなあ。いずれにしても、あまり時間はないし、最悪、あきらめてもらうしかない」
「よう、みなさんおそろいで」
ビルワンジルは白い歯むき出しの笑顔で出迎えた。
「ジルフーコは?」
「お留守番です」サイカーラクラは真上に人差し指をつきたて、空を指差した。
「ジムドナルドは?」
「中で寝てる」タケルヒノは、皆が乗ってきた多目的機を指差す「アレを使ったんだ。少なくとも今日一日は使い物にならないと思う」
「使ったのか、アレ?」ビルワンジルは驚きの顔だ「まあ、アイツらしいと言えばアイツらしいが」
「さっきジルフーコに話したら、大笑いしてた」ボゥシューが言う「まさか動態データが取れるとは思わなかったから丁重に扱ってくれ、と言ってた」
「それで、ビルワンジルのほうはどうなの?」
イリナイワノフの問いに、ビルワンジルの表情がほんのわずか翳る。
「まあ、あんまり調子はよくないが…」それから思い直したように、切り出した「ちょっと、みんなに来てほしいところがある。すぐそこだ」
それからビルワンジルは多目的機のほうに目をむけ、動ける人だけでいいけど、と、付け足した。
家、というよりは、小屋、といったほうが適切な感じがする。
国立公園動物保護区管理局分室別館、だとビルワンジルは言う。それは本当だと思うのだが、小屋は小屋だ。
コーヒーでも飲んで、待っててくれ、と言われたので、四人はテーブルについた。コーヒーは本物だった。
四人はコーヒーを飲みながら小屋の外の草原を見つめていた。地球に戻ってきてから、もっともくつろげた瞬間かもしれなかった。
かたん、と音がして、皆、そちらのほうに顔を向けた。
開け放された入り口から、のそり、と動物が入ってきた。
それほど大きくはない、たてがみも揃わぬ、若いオスのライオンだった。
四人は、ゆっくりと立ち上がって、身構えた。ライオンは、警戒、というより、不思議そうな顔つきで四人を見つめている。
害はなさそうに見えるが、いちおう猛獣である。
四人と一匹は、しばし、見つめあった。
「おぅ、なんだ、こっち来てたのか」
ビルワンジルが入り口から飛び込んできて、ライオンを抱き上げ頬ずりする。ライオンもビルワンジルの顔をペロペロ舌でなめた。
「ザワディだ」ビルワンジルはライオンの顔を皆のほうに向ける「オレの友達さ」
「ザワディ、いい名前ですね」サイカーラクラは、ザワディの顔に手を触れる。
「わかるかい?」
「ええ」サイカーラクラは肯いた「ザワディは、スワヒリ語で、贈り物です。ザワディ、あなたは私たちへの大切な贈り物」




