ジムドナルドの冒険(9)
1日、2日は、まあいい。
3日目ともなると、さすがのディアファルケンも怖くなってきた。
いや、実を言えば、初日から怖かったのだが、考えないようにしていただけだ。
金髪は、ディアファルケンに何かしろ、とはとくに言い出さなかった。
ただ酒食を勧めてくるだけである。
そこがかえって怖ろしいわけだが、
3日目は、本当に行くのをやめようと思った。
だが、よく考えてみると、まだ何も言われたわけではない。
ようするに何か頼まれてからでも、逃げるのは遅くないのではないか?
けっきょく2日、タダ酒タダ飯にありつけたわけで、もう1日ぐらい行ったからといって、いや、もっと言ったら、行かなかったからといってどうなるものでもないだろう。
そんなことを素面の間は考えたりもしていたのだが、酒が入るともうダメで、何もかも忘れてしまった。
それで、4日、5日と続けてきたわけだから、ディアファルケンもたいしたものである。
そして6日目。
ディアファルケンは、もう酔っぱらっていたのだが、今日は違った、もう我慢しきれなかった。
ディアファルケンのカップに注ごうとする金髪の手を押さえた。
「お前、何で俺に飲まそうとするんだ?」
「あんたの飲みっぷりが気に入っただけさ」
なおも注ごうとする金髪の手を握って押し戻す。
「俺にだけ飲ませて、お前が飲まないのは何でだ?」
押し戻された酒瓶をテーブルに立て、金髪は笑った。
「あんたが話しはじめたときに酔っぱらってたら、せっかく聞いた話しを忘れちまうからな」
「話し? 何の話しだ?」
「国際電力供給公社の話しだよ」金髪が言う「あんたがエリートだったころの話しだ」
――国際電力供給公社
そこの社員だったころもディアファルケンは公社の全てを知っていたわけではない。いや、公社に勤めている者、たとえ最上級の管理職でも公社の全てを把握していた人間はいなかったのじゃないかと思っている。もちろん、ここダボンだけではなく、隣国のエストラテネスでも、いや世界中どこでもだ。
この星の赤道上に散在する変電所の全てを掌握する世界企業だった。国際電力供給公社と同じ意味で世界企業と呼べるものは、他には存在しなかった。その権力は国家の枠組みを超えていたからだ。
公社は実に全世界のエネルギーの6割をたった1社で供給していた。変電所のある国、つまり赤道直下の国々は、皆、こぞって公社を自国の勢力下に置こうと躍起になったが、成功したことはない。赤道下にはない国も公社に興味を示したが、天の恵みが降らないのだから、赤道直下の国ほどの努力が払われることはなかった。
公社の仕事は主に2つ。天の恵みを電力に変換して供給する配電ネットワークの整備と電気機器の開発だ。電気機器のほうは、大は船舶、航空機から、小は電気カミソリまで、有象無象の会社が乱立していたので、むしろ公社の影響は微々たるものと言ってよかった。だが、要である電力供給ネットワークのほうはそうはいかない。他に代替できるところがなかったので公社が独占していた。
公社消滅前のディアファルケンは、供給部門の中堅エンジニアだった。国を、否、世界をその肩に背負っている、という自負はあった。上司である部門長は、ある意味、国家元首より力があった。
公社に対する要請というか、ほとんど脅迫に近い電力供給計画の見直しは、常に各国政府の最優先事項であった。そのため、様々な理由により、あらゆる経路で請願されるエネルギー供給量増加のお願いがひっきりなしに公社に送り届けられた。そして、かの部門長の仕事というのは、それらのお願いすべてを丁重にお断りすることだった。
あるとき、作戦行動に膨大な量の電力が必要だと、執拗に供給増大を迫った将軍がいた。
軍部の暴走はあきらかで、政府はもとより、国内、国外ともに彼を押しとどめられる者はいないように見えた。国際電力供給公社が、国家に、というより、この将軍に掌握されるのだと誰もが思った時、計画は、何故か急に頓挫した。
将軍が更迭されたという事実は公式にはなかった。彼はいつの間にかいなくなっていたのである。
公社の実力を世間にまざまざと知らしめる結果になった事件だったが、世評はともかく、公社内の人間には微妙な結果として受け止められた。将軍の動向を左右できるような力は実は公社自体にはなかった。それはともかくとしても、実際には、供給計画はよくわからない複雑な計算の結果導き出されていたので、部門長はおろか、公社勤務の誰であっても制御できない、というのは社内の最重要機密だった。部門長は私的な思惑で供給計画の変更要請を突っぱねていたわけではない。彼は何もわかっていなかったのである。そもそも計画の変更などできる話しではなかった。
重要機密、と言えば、当初、謎のエネルギーと言われていた天の恵みの正体が超高出力のレーザーだったことは、現在では広く知られている。だが、そんなものがどうして定期的に空から降ってきていたのかについては、いまだに誰にもわからない。
そんなわけで、供給部門に所属する者は、他社は言うに及ばず、公社内の他部門の人間のことすら、なんとなく見下していた。これはディアファルケンだけに責を問うのは的外れである。少なくとも公社が存続していた間は、それが社会常識だったのだから。
というような話しをディアファルケンが話している間、金髪はときに肯いてディアファルケンを励まし、たいていは底が見えそうになったディアファルケンのカップに酒を注ぎながら聞いていた。それは、ディアファルケンには苦にならなかった。公社のことを話したのは本当にひさしぶりで、しかも、いったん話し出すと止まらなくなった。ああ、自分は誰かに話したかったのだな、とディアファルケンは思った。
話しの結末をディアファルケンは話さなかった。
そんなことは誰でも知っているし、ディアファルケンも話したくなかったからだ。
金髪も聞こうとはしなかった。
それがディアファルケンにはかえって気になった。
一度気になりだすと、飲んでるせいもあって抑えがきかない。
よせばいいのに、
とうとう、ディアファルケンは聞いてしまった。
続きには興味ないのかと。
そして、返ってきた言葉に、ディアファルケンは愕然とする。
「いや、後の話しはいいよ」と金髪は言った「全部、知ってる。だって、天の恵みを止めたのは俺たちだし、あんたらが魔法の小箱って呼んでる次元変換エネルギー転送装置を降らしてるのも、俺たちだからな」




