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ワンダー7  作者: 二月三月
始まりの終わり

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ジムドナルドの冒険(8)

 

 ディアファルケンは今日も家には帰らず、馴染みの飲み屋で夕刻を過ごしていた。

 夕刻というのはディアファルケンの言い分で、実際には真夜中のちょっと手前ぐらいだ。

 ディアファルケンは食事は取らずに酒だけを飲んでいることが多い。

 最近のディアファルケンの懐具合はあまり芳しくはなかったので、つまみを取るより酒を頼まないと酒量が不足がちだったのである。

 それでもカップに2杯飲んだだけで帰る、というようなことも最近はしばしばだった。

 そういうときは決まって、財布を忘れた、と言ってテーブルに小銭を投げ出した。

 確かにディアファルケンは財布をよく忘れる。

 中身が入ってないので、忘れてもあまり苦にはならないのだ。

 それがいつものディアファルケンだったが、

 今日は、ちょっとばかり事情が違う。

 まず違うのは、さっきから骨付き肉をしゃぶっている。

 イモと腸詰の炒め物もつまんでいる。

 じゃあ、宗旨替えして酒より食い物に金を使うようになったのかというと、そういうわけではない。

 たらふく飲んでいる。

 さっきから壁や周囲の客が回りだしているような気がするが、まあ、気のせいだろう。

 つまみは隣りに座った金髪の客の皿から流れてきている。

 酒もそいつが勝手にたのむ。

 金髪は、自分は飲まないみたいで、ディアファルケンにばかり勧めてくる。

 いつからコイツが隣りにいたのか。

 実のところ、ディアファルケンには、あまりはっきりしない。

 酔っぱらってから隣りに来た、というのではなさそうな気がする。

 今日は酔えるほどの酒を買える金は持ってきてなかったような気がするのだ。

 じゃあ、まだほろ酔いのころに隣りに座ったのか?

 それなら、つじつまは合いそうな気がするが…、

 どうにもコイツが最初に声をかけてきた記憶がないのが、腑に落ちない。

「どしたあ? ん? ああ、酒が足りないか?」

 金髪の若造はディアファルケンのカップが空くと絶え間なくついでくる。

 いちおう、断る仕草などしてみるのだが、

 もともと嫌いな酒ではない。注がれれば飲んでしまう。

 そうして、ディアファルケンが酒に気を取られていると、若造は料理をどんどん注文する。金髪は自分でも食うが、その倍は周りの客に振舞っていた。たぶん、酒もだ。

 酒については、ディアファルケンの分は十分に足りていたので、他のやつにまわる分まではどうでも良かった。

 店はにぎわっていた。

 店にいる酔っぱらいどもの飲み代の半分は、この金髪が払ってるみたいだった。

 店の親父もほくほくだろう。

 みんな幸せだった。

 ディアファルケンだって幸せだったわけだが、注がれるままに酒を飲んでいても、頭のすみで本能が小さな声で警告をするのが耳障りだった。

 

 曰く、

 

 こんなうまい話しがあるもんか。

 タダ酒タダ飯には注意しろ。

 

 ディアファルケンの生存本能が発する、その警告は、

 食欲という名の別の本能、ありきたりの怠惰と、酒への愛情、そして酒場の喧騒に飲み込まれ、ディアファルケンには届かなかった。

 

 次の日は、ひさしぶりの二日酔いだった。

 二日酔いになれるほどの量の酒、というのが、そもそもひさしぶりだった。

 せっかく詰め込んだ肉だのイモだの豆だのを吐き散らかして、

 割れるように痛む頭の中で、小さな考えを反芻できるようになるころには、もう、一度上った太陽が、夕焼けの空にかたむいていた。

――あれは、ぜったい、ヤバイから

 ディアファルケンにだって、それぐらいのことはわかる。

 あの金髪の若造の了見については、まったくわからない。

 見ず知らずの俺に飲ませて食わせて、いったい、何をたくらんでるんだ?

 だいたい、何のもくろみもなしで、他人に酒飲ませたりするか?

 俺なら、ぜったいしない。そんな酒があったら、他人に飲ませたりしないで自分で飲む。

――今日は店に行っちゃだめだ。このまま寝てるんだ。

 酒漬けの頭でもそのぐらいのことは思いつく。

 思いつきはしたが、それだけだった。

 久々に五臓までしみわたった酒は、そんなちんけな(丶丶丶丶)思いつきをまったく無視してディアファルケンの足を酒場へと向かわせた。

 それが宿命というものだ。

 ディアファルケンというのは、実は外側の袋のことで、本当の中身は昨日飲んだ酒だったからだ。

 気がつくと、昨日と同じテーブルにディアファルケンは座っている。

「おお、いた、いた」

 客の波をかき分けて、テーブルまでやってきた金髪が、ディアファルケンを見つけて笑う。

「今日はこいつではじめようぜ」

 目の前に、ドン、と置かれた酒瓶に、ディアファルケンは舌なめずりをする。

 心の奥底で危険を叫ぶ声は、一杯目が喉をうるおすと、何も聞こえなくなった。

 


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