ジムドナルドの冒険(7)
「清んだ音の木霊の教導官を介抱して、ついでにいろいろ聞いてきましたよ」
ジムドナルドと落ち合ったエイオークニは、とりあえず自分の分の報告をはじめる。
先ほどとは別の店だ。ジムドナルドがたのんだ料理は、よくわからない豆を煮たやつだった。2人の前に置かれたカップの中身はジンジャーエールでさっきと同じだ。
なにしろ、流行りらしいので。
「話してみると、それほど悪い人間でもなさそうでしたね。腕をねじ上げたのは脅しだったみたいで、その後、自分が投げられたものだから、逆に相手のほうを心配していました。カッとなってやったが、自分がやられてみて、急に恥ずかしくなったそうです。投げられかたは派手に見えましたけどね。とくに怪我はしていませんでしたよ」
「そりゃ、そうだ。手加減したからな。だいたい低重力じゃ、体重が軽くなる分、投げ技なんてほとんど効かん」
「だいぶ手慣れてますね」
「イリナイワノフにずいぶん仕込まれたからな」
「意外ですね」
「イリナイワノフは、射撃の腕前だけじゃなくて他も凄いんだよ」
「いや、それは知ってますが」何をいまさら、という感じでエイオークニ「あなたはそういう地道な鍛錬は苦手なのかと思っていたので…」
「俺は、そういう練習はするんだよ。タケルヒノみたいにぶっつけ本番で何でもできる奴とは違うんだ」
ここでひとしきり、タケルヒノのどの辺がダメかを、こんこんと語るジムドナルド。エイオークニのうんざり顔にはお構いなしで、しばらくの間、話し続けた。やがて、ぶちまけてすっきりしたのか、ジンジャーエールでのどを潤すと、エイオークニに尋ねた。
「で? あの2人、何て言ってた?」
問われてホッとしたエイオークニだが、隙を見せてまた愚痴られてはかなわないので、間髪入れずに話し出す。
「真声への光子体の関与を疑っていたようです。それで、あの真声の男に探りを入れてたみたいですよ」
「それについては、当たりだな」
「どういうことです?」
「真声の集会所で光子体の肖像画を見た。なあに、ここにいる連中は光子体なんか見たことないんだ。普段は双方が無視してるから、どうってことないが、光子体がその気で精神体を騙って言い寄ってきたら、ころっ、と騙されるだろ」
「清んだ音の木霊の教導官たちも、そう言ってました」
「そこだけは清んだ音の木霊のほうが正しいが、そこ以外が間違ってるから、どのみちダメだ。…で、真声の集会所で見た肖像画の光子体は俺の知ってる奴だった。知り合いってほどじゃないけどな」
ほう、とエイオークニの眼の底が光った「では、その光子体を追いますか」
「それは無理だ」
「え?」
「あいつは、もう、いない」
「ここにはいないんですか?」
「いや、どこにもいない」
ジムドナルドはカップの中身の琥珀色の液体、その中に揺れる泡を見ながら呟いた。
「だが、奴の仕事の残りがある」
「仕事の残り?」
「ティムナーだ。実験的に無限エネルギーを与えられた胞宇宙」そう言ってから、ジムドナルドは笑った「でも、ちょっと遠いな」
「なあに、たかだか胞障壁2つ分ですよ」
エイオークニの言い草に、ジムドナルドは、また笑う。
「確かにそうだな。まあ、ティムナーに行く行かないは別にしても、ルミザウ以上のものはここでは出てきそうにない」
出よう、エイオークニにそう言って、ジムドナルドはヘルメットに手を伸ばした。
店を出た2人は適当に通路内を練り歩く。
「お、ここだ、ここ」
ジムドナルドが立ち止まったのは、非常口の前だった。
ジムドナルドが非常管制のロジックをハックすると、勢いよく外界への扉が開いた。
通路の中は真空で、皆、宇宙服を来ているのだから、非常口を開けるだけならどうということはない。
が、けっしてまばらとは言い難い人数のいる通路で、宇宙への扉が開いたことは、周囲の住民を騒然とさせた。
そんなことにはお構いなしに、ジムドナルドとエイオークニは、非常口からそとに出る。
ジムドナルドはスラスター出力を全開にし、エイオークニもそれに倣った。
標準重力の数十分の一しかないエンポスの引力圏は、スラスターで十分に離脱可能だ。
非常口の端っこにかじりついてエンポスの住民が見守る中。
2対の宇宙服は、軽やかに、本物の宇宙へと飛翔していった。




