ジムドナルドの冒険(5)
「3人一緒で何よりですが」
店から出た3人の後をつけながら、エイオークニが言う。
「いったい、彼ら、何者なのです?」
「まあ、小者だけどな」とジムドナルド「太っちょと右の奴は清んだ音の木霊の教導官で、いまにも死にそうなあいつは真声の会員のハズだ」
「清んだ音の木霊というのは、我々が入会する予定のところですね」
「どこだって良かったんだ。清んだ音の木霊は人数がいちばん多いから面倒も少ないだろう程度の理由しかない。真声のほうは、ちょっと違う」
「違う?」
「パルペーゼタアの教導会は、どこも光子体を拒絶している。そして胞障壁も認めていない。胞障壁なんてのは光子体の作り話だと言ってるんだ」
「そんなこと言ったって、胞障壁はありますよ。現にあなたも私も胞障壁を超えた」
「ここにいる連中は、誰も胞障壁になんか行ったことないからな。自分にできないことは無いに等しい、っていうのは人間の逃避行動の中でいちばん簡単なやつだ」
「おやおや」
「そこで真声というのが俺の目をひいた。真声だけなんだ。胞障壁が存在するという前提のもと、それを超えるために精神体になることを提案してるのは」
前を行く3人が立ち止まって言い争いをはじめた。言い争い、と言うよりは、死人のような男が一方的に罵倒されているようだ。
太っちょ野郎が、死人のような男の腕をねじりあげる。バイザー越しでも男の苦悶の表情が見て取れる。
どうします? エイオークニの問いに答えるより先にジムドナルドの体が動いた。
3人との間合いを一気につめたジムドナルドは、痩せ男の手をねじあげている太っちょの腕に手刀を叩き込む。ひるんだデブを軽々と持ち上げ、通路の壁に投げつけた。
標準重力圏から来たばかりのジムドナルドに恐いものなし、という感じである。
もうひとりの教導官がその場にへたり込むのにはかまわず。ジムドナルドは真声会員の男のヘルメットに自分のヘルメットをくっつけた。
「逃げなさい。早く」
真声会員は、状況が呑み込めず、その場で震えるばかり。
逃げなさい、ともう一度声をかけるも、動こうとしない男に、あきらめたジムドナルドは、男を抱えるとスラスターを吹かした。
低重力のエンポスでは、スラスター駆動でも十分なスピードが出る。
男はヘルメットの中で何かうめいていたが、ジムドナルドは無視した。そうして男を抱えたまま、その場から十分離れるまでスラスターで飛翔した。
「あ、ありがとうございます」
息を落ち着かせるのもままならぬ、しどろもどろだが、とにかくも礼を言った男は、アファマティと名乗った。
「災難でしたね」ジムドナルドは素知らぬ顔で尋ねた「何者です? あの連中」
「いや、わたしにも、さっぱり…、急にからまれたので」
もちろん嘘だ。アファマティはジムドナルドが店からずっと後をつけてきたことを知らない。もっとも知っていたところで、別の理由をつけてごまかしただろう。
「とりあえずは逃げ切れたようですが、また襲ってくるかもしれませんよ」
アファマティは、びくっ、と震えた。ヘルメットの中の顔がますます白く、血の色が完全に消え失せた。
「どうすれば…」
「いや、そんなこと私に聞かれても…」
ジムドナルドは困惑したふりを装い、アファマティの出方をまった。
「失礼とは思いますが、あの…、あなたは?」
聞かれてやっと、ジムドナルドは答えた。
「ジムドナルドといいます。エンポスにはついたばかりで、猶予期間中です。清んだ音の木霊に入ろうかと思っていますが…」
「いや、だめだ。あそこはやめておいたほうがいい」
清んだ音の木霊と聞いてアファマティは猛然と反対しだした。
「わたしを襲ったやつらは、清んだ音の木霊の教導官です。悪いことは言わない。あんな乱暴なやつら、やめておきなさい」
いまさっき知らない奴だと言ったばかりなのに、ジムドナルドは苦笑を隠しつつ、とぼけたふりで会話を続けた。
「ふうむ。確かにあなたの言う通りかもしれない。まあ、私もとくに思い入れがあるわけではなく、ここでは教導会に所属するのが普通だと言われたので、適当に選んだだけですから。清んだ音の木霊がみんなああだとは言い切れないでしょうが、ああいう人がいるのでは、やはり避けたほうが良いかもしれませんね」
「そ、そうです。きっと、そうです」
「ところで…、あなたは、どの会に所属しておられるのですか?」
アファマティは、ここで、ぱったりと口をつぐんだ。ジムドナルドはアファマティが自分で話し出すまで、じっと、待った。
「真声です」
アファマティは、恐る恐る、という感じで答えた。
「真声ですか」ジムドナルドはわざとらしくとぼけてみせた「すみません。あまりよく知らないのですが、真声というのはどんな会なのですか?」
ジムドナルドが、知らない、と言ったので、逆にアファマティはほっとしたようだ。青白かった顔に生気が戻り、心なしか高揚しているようにさえ見えた。
「あの…、あの、もし、あなたさえ良かったら、これから一緒に行ってもらえませんか?」
「行くって、どこへ?」
「真声へ。来てもらえれば、ちゃんと説明できると思うんです。ここではちょっと…」
ジムドナルドは本心をおくびにも出さず、しばし熟慮の風を装っていたが、不意に決心したかのように答えた。
「そうですね。どんな主張もじっくり聞いてみないと、その本質はわからないものです」
ジムドナルドはアファマティに先導を促した。
「あなたと一緒に行きましょう。道案内をお願いします」




