ジムドナルドの冒険(3)
エンポスの通関手続きは簡素で時間もかからなかったのだが、その後が少し面倒だった。
教導会選択のところで通関にいた教導官の1人が厳かに申し渡したのだ。
「ジムドナルド、エイオークニ、あなた方は清んだ音の木霊に入会する由、申請されていますが、その前に10日間の全教養過程を受けていただかなくてはなりません」
ファイドナウアと名乗る男はそう言った。
「お二方が教導会をすでに決められているのは理解しております。十分な熟慮の上の判断なのは承知しておりますが、エンポスの決まりとして、10日間の全教養だけは受講していただきたい。もちろん、その後はそのまま清んだ音の木霊に入会されても良し、緩衝期間中の2か月をゆっくり過ごして、その中でご自分にあった教導会に変えられても良いのです。なんとなれば、現在エンポスには100を超える教導会がありまして、そのすべてを公平に…」
ジムドナルドはファイドナウアがしゃべるがままにさせておいた。その間、眉も微動だにさせず無表情のジムドナルドに、ファイドナウアは次第に圧迫感を感じだした。
「…ということなのですが、何かご質問はありますか?」
規定の長台詞を最後はものすごい早口で話し終えたファイドナウアに、ジムドナルドは無表情のまま答えた。
「わかりました。仰せのままに」
予期せぬ返答に動揺を隠すこともできず、ファイドナウアが問うた。
「本当に何もないのですか? その…、早く教導に入りたいとか、全教養過程とは何をするものなのか、とか…」
この段階で来訪者は教導官にかみつくのが常だった。ファイドナウアの任務は、それをなだめて全教養を受けさせることだったのである。だから、この妙に落ち着き払った新参者の態度には、仕事が楽にすんだ安堵感よりも、むしろ、その不自然なほどの平常心に接して、うろたえた。
「道を違えても行きつく先は同じですから」
ジムドナルドは淡々と答えた。
「どの道を通ろうとも、結局は同じことです」
エイオークニと分かれて、ファイドナウアにつきしたがって進む。ゲートをいくつか通って、左右に個室の並ぶ通路に入った。
「ずいぶん慣れておいでですね。その…、宇宙服とか歩き方とか」
ファイドナウアには、この得体の知れない来訪者は、そうとうな重荷だった。
他の宇宙居住区とは異なり、エンポスでは疑似重力を加重しておらず、また宇宙服も個室以外では、たとえ屋内でも、常時着用だった。居住区でのエネルギー使用を最低にするためだったが、従前の環境の10分の1以下の重力に、不慣れな新参者は道を歩くだけでもつまづく。それが普通なのに…。
「趣味で宇宙遊泳をよくしていましたから」
ジムドナルドは抑揚のない口調で答えた。
「エムポスに来たのも、宇宙遊泳の最中に閃いたからです。きっとここは精神体への飛翔に最適の場所でしょう」
さらに気まずくなったファイドナウアは、その後、まったくの無言になった。
「では、明日の朝、まいります。ごゆっくり」
個室のドアが閉まりファイドナウアの顔が見えなくなると、ジムドナルドはドアの開閉制御をハックして施錠した。
ヘルメットも脱がずに、部屋の中を物色する。
床に固定のテーブルと、身体固定用のバンド付きベッド、小さな戸棚、入口ドアと反対側の扉の向こうは密閉式のトイレとシャワーだった。
戸棚の中には飲料水のボトルと固形食糧。
ジムドナルドは固形食糧のパックをとって表書きを確かめる。
「バランスのとれた栄養食、か。修行僧の部屋としては、まあ、こんなもんだろ」
毒づく暇もなく、ヘルメットのバイザーに暗号通信の赤いシグナル。
「こちらも個室に着きましたよ」
エイオークニののんびりした声が聞こえる。
「さて、これからどうします?」
「ちょうどいい、こっちから連絡しようと思ってた」
ジムドナルドは固形食糧を戸棚に押し戻した。
「すぐ出るぞ。待ち合わせは…、そうだな。さっきの通関ゲートの前でどうだ?」
「ありがたいお話しみたいなのは、聞かなくていいんですか? ずいぶん御利益がありそうな口ぶりでしたが…」
「聞きたいんなら、止めやしないがな。俺なら10時間ぶっ続けで居眠りできる自信がある。あんたが不眠症で悩んでるんならお勧めだな」
「さっき貰ったアクセスキーと腰にこっそりくっつけられた発信器は置いていったほうが良いんでしょう?」
「まあ、特にデザインが気に入ってお土産にでもしたいっていうんなら別だが、そのほうが無難だな」
「じゃあ、通関ゲートの前で」
「英語はいけるか?」
「原語よりはだいぶましですよ。寝言はいまだに日本語ですが」
「ゲート前では英語で話しかけてくれ。人違いしなくてすむ」
「では、またお会いしましょう」
ジムドナルドはアクセスキーを放り投げ、発信器を外すと、ドアを開けて外に出た。




