ジムドナルドの冒険(2)
「情報キューブ内のあなたたちの遺伝情報からクローンが作れるかってこと?」
「そう、質問の趣旨はそれ」
アグリアータは、ジムドナルドの顔を見つめた。ひるまないところをみると、本当の答えが必要なのだろう。
「あたしには、ムリ」アグリアータは答えた「リーボゥディルが、あの子がああなったのは、あたしのせいだから。それが、わかったうえであなたが聞くから、あえて言うけど。ボゥシューか、ダーならできるのかもしれない。でも、そのボゥシューにしてからがあなたたちの生殖細胞を凍結保存してたのだから、情報からのクローン構築はムリだと思う」
「育たないんだな?」
「育たないのよ」
「悪かった。あんた以外に聞ける人がいなかったんだ。忘れてくれ」
「ダーに聞けば良かったのに」
「ダーは可能性の話ししかしないからな。この件では、参考にならん」
「どういうこと?」
「噂だよ。まるで、おとぎ話みたいなもんだ」
ジムドナルドはアグリアータにボゥシューの宝物の噂を説明した。
「途方もない話しね」
呆れ顔のアグリアータに、ジムドナルドはニヤリと笑んだ。
「だろう? こんな莫迦話しにからんでくる奴らは、めんどくさいことが大嫌いなんだ。ダーの厳密な可能性の話しなんか、聞くだけ無駄だ。普通にやって、ちょっとできそうにないようなら、奴ら見向きもしない」
「どうして? あなたたちのクローンが、もし、手に入る方法があるなら、多大な労力を払って当然だと思うけど?」
「しないよ」ジムドナルドは即座に否定した「こういうのにからんでくる奴らが本当に欲しいのは、俺たちのクローンじゃない。金だ」
「ああ」アグリアータはやっと納得した「お金ね。それなら、あまり苦労なんかしたくないでしょうね」
「で、ここからが、本題だ。そういう奴らに心当たりはないか?」
「そうねぇ」アグリアータは視線を天井に向けた「心当たりがありすぎて、いちいちあげるのも面倒なくらいね」
「光子体は除いていい。生身の人間でいちばんそれっぽいのを教えてくれ」
「どうして光子体は除くの?」
「光子体なら情報キューブに直接アクセスできるからな。いくら間抜けでも、あの情報をを見たら、俺たちが何者かぐらいわかるだろ?」
「光子体を買いかぶりすぎ」アグリアータは嘆息した「情報量と頭の良し悪しは、まったく関連性がないのよ。でも、光子体を除くのは賛成かな」
「ほう、どうしてだ?」
「大半の光子体は、光子体だと言うだけで、他より上だと思ってるから。あなたたちがとんでもない人たちなのを知りたくないのよ」
さもありなん、ジムドナルドは笑いながら同意した。
「じゃあ、光子体の対極みたいなのはいないか? 光子体が俺たちに興味ないんなら、逆の奴らなら興味あるだろ?」
「エンポスかなあ」
アグリアータは自信無げにつぶやいた。
「エンポス?」
「第3惑星シャーンの第2衛星、エンポス。いるのは数千人で数は少ないんだけど、情報体転換しないで精神の高みから宇宙に飛び立つ、と主張してる。宗教みたいなものかな」
「宗教だって?」俄然、ジムドナルドの目が輝きだした「俺の専門じゃないか。よし、最初はそこからだ」
「ちょっと待って」ジムドナルドのあまりの決断の速さにアグリアータは心配になる「さっきは、お金がらみだって、言ってなかった? 彼らの暮らしぶりは質素で、清楚なものよ」
「だって宗教だろ?」ジムドナルドは笑った「どんな宗教だって、金のからまないものはないよ。それに、こっちだってダーに頼まれたからやってるんで、半分、暇つぶしみたいなもんなんだ。最初が外れでも、いっこうにかまわん」
「エンポス、というのですか? この惑星は」
ジムドナルドのコンソールを横からのぞきこんで、エイオークニが言う。
「惑星じゃなくて、衛星だ」ジムドナルドはコンソールから目を離さずに答える「直径1500キロメートル、水なし、大気なし、人口は8900人。小さめの人工居住区だ。情報体に対抗、精神体に進化して近接胞宇宙に進出すると標榜してる、パルペーゼタアの本拠地だな」
「精神体でみんな同じですかあ…」エイオークニの口調は、呆れるというよりあきらめの感情のほうが多くをしめていた「こういうのは胞宇宙とは関係なく、どこも一緒なんですかね」
「集団の中には、一定数、頭のおかしな奴が出てくるからな。発生比率も発生形態もほぼ同じだ。個体能力値が異常に高いものは発生頻度が極端に少ないから、群れることができるのは普通の馬鹿だけなんで、こういうことになる」
エイオークニは椅子を運んできてジムドナルドの隣りに陣取る。ジムドナルドが操作してコンソールの内容が書き換わるたびに、目を皿のようにして詳細を確認していく。
「こんなもんに興味あるのか?」
やっとエイオークニのほうを見たジムドナルドに、エイオークニは微笑みかけた。
「もちろんありますよ。これから自分が行くところですからね。下手したら命に関わりますし」
「何でこんなところに行くんだよ」
「あなたと同じ理由ですよ」エイオークニは、しれっと言う「ダーに頼まれたので…、まさか断るわけにはいきませんし」
ジムドナルドは、あからさまにムッとした。
「ほか行けよ。ここは俺が行くから」
まあまあ、そう言わずに。エイオークニはコンソールに割り込むと操作しはじめた。幾重にも連なる原語のかたまりが積層構造をなし、それぞれの端っこにちょっとずつ、エイオークニは手を加えていく。
「人工居住区というのは閉鎖空間ですからね。こっそり入り込むのはなかなか手間だし、人数も少な目だから、よそ者にはキツイ。グラテシオダスさんとユングファーさんには悪いけど、っと」
コンソール上の、2通の移民申請許可がジムドナルドとエイオークニのものに書き変わった。
「はい、これが、我々の許可証。半年前から申請していてゾンダードからの移民ってことになってますから忘れないでください」
「えらく手際がいいな、偽造とかしょっちゅうやってるのか?」
「偽造はしませんが、申請ではなくて許可を出すほうをずいぶんやってたのでね」
エイオークニは立ち上がった。
「役所仕事なんてのは、どこでも同じものです。烏合の衆のまとめ役なんかやってると、こういうことが知らず知らずのうちに上手になってしまう。まあ、たまには役に立つから、それほど卑下する類のものじゃないと思っていますがね」




