ジムドナルドの冒険(1)
「ボゥシューの宝物?」
そう、とダーは言ったのだが、ジムドナルドは2度尋ねて、ダーはもう一度、同じように肯定した。
「何だそりゃ?」
「ボゥシューがあなたたちの生殖細胞を保管していたでしょう? その細胞から造られた複製人間がいるっていう話しなの」
ジムドナルドは無言で立ち上がり、ダーに、ついて来い、とうながした。
宇宙船の艦内は、宇宙船とまったく同じに造ってある。ダーに必要ないものまで、そっくり同じに、だ。
だから、ボゥシューの実験室の複製も同じ位置にある。
ジムドナルドは、迷わずにボゥシューの実験室に入り、小型凍結保存庫の前に立つ。
「それは、どこでおぼえたの?」
保存庫のコードロックを躊躇なく開けるジムドナルドに、ダーが横から聞いた。
「前にボゥシューが開けたとこ見て覚えた。あんたもできるだろ?」
「そりゃあ、できますけど。人間でできる人は少ないですよ」
「そうか? 俺の知ってるやつはみんなできたぞ」
凍結庫を開けたジムドナルドは、中からアンプルを取り出した。
「そんなものがここにあるなんて、聞いてないけど?」
「そりゃあ、ボゥシューは、培養分枝をここに入れたなんて誰にも言ってないから」
じゃあ、どうしてあなたは知ってるの? とはダーは聞かなかった。
アンプルは3本、数を確認したジムドナルドは、アンプルを保存庫に戻して扉を閉めた。
「中を確認する必要もないと思うがな。こっちのバックアップは無事だし、宇宙船のを盗むのはもっと大変だろ?」
「まあ、あなたが盗んだのでもなければ、一般の人には不可能でしょうね」
「俺も興味はないんだよ」
「でしょうね」
ダーは、片手を頬にあてて小首をかしげた。ウェーブのかかった栗色の髪がわずかに揺れ、ほつれた前髪の一本が左の眉にかかる。思案気な瞳が潤んで見えるのは、たぶん、気のせいだが、コンピュータがこんな仕草をして、いったい、何の意味があるのかわからない。
どこで、こんなことを覚えてくるものやら、ジムドナルドにとっては、こっちのほうがよっぽど不思議である。
「まあ、クローンの件は、デマでしょうから、実際に細胞が盗まれたなんて、わたしも思っていませんけど…」
「…けど、何だ?」
「火のない所に煙は立たぬ、ですからね。実際のところどうなのか? 調べてほしいんですよ。ジムドナルド」
「何で、俺なんだよ」
「だって、タケルヒノやジルフーコに頼むわけにもいかないでしょう? ボゥシューとサイカーラクラを探してる最中だし、こんなこと頼めません」
「ビルワンジルは?」
「彼もとてもいそがしいの」ダーは、にべもない「何でいそがしいのか、わたしから言うわけにもいかないので、自分で聞いてね。だからあなたしかいないの。ね、お願い、ジムドナルド」
宇宙船は宇宙船そっくりに造ってある。だから当然、農場もある。
宇宙船の農場は存在が微妙である。ダーは料理はするが、料理は食べない。農場で栽培した植物はダー以外の人間が食べるが、量はあまり必要ない。栽培量が少ないのだ。
だから、ビルワンジルにとって、 宇宙船の農場では仕事があっというまに終わってしまい、手持ち無沙汰だ。
「何だ、いそがしい、って聞いてきたのに、暇そうじゃないか」
農場の真ん中に、ぼけっと突っ立っているビルワンジルに、ジムドナルドが声をかけた。
「オレがいそがしいって、誰に聞いた?」
「ダーだ」
なるほど、とビルワンジルは小さく言って、それから、ジムドナルドのほうを向いた。
「いまは、それほどいそがしくはない。でも、じきに、いそがしくなる」
「何すんだよ?」
「父親になる」
「何?」
ビルワンジルは照れくさそうに笑った。
「オレとイリナイワノフの子供。生まれるのは半年後だ」
「な、なんだ、こいつぅ」
ジムドナルドは大声でどやしつけ、ビルワンジルの背中をばんばん叩きながら、笑った。
「うまいこと、やりやがって…、おめでとう」
ビルワンジルは、叩かれっぱなしの背中は気にもとめず、ぽつぽつ、と話した。
「いろいろな考えはあると思うが、宇宙船、っていうのは、あまり子供を育てるには向かないんじゃないかと思うんだ」
「ま、そうかもしれんな」ジムドナルドは背中を叩くのはやめた「じゃ、どうする? 地球に帰るか?」
「それも考えたが」ビルワンジルの口調が重くなった「途中の胞障壁が子供に与える影響が心配だ」
「それは…、そうかもな」
「だから、ゾンダードに降りようと思ってる」
「ゾンダード? ここの第2惑星か?」
「ああ、イリナイワノフもそう言ってる。少なくとも子供が大きくなるまではゾンダードですごそうと思う」
「ふーん、なるほどなあ」
ジムドナルドは納得したような顔をしたが、実際には未知の出来事に遭遇して混乱していた。生物学的な知識としては、もちろん知らないわけではなかったのだが、自分の近しい知人にそういうことが起こるというのは、何か夢の出来事のような気さえした。
「ところで、オマエのほう、何か手伝いが必要なことでもあるのか?」
「え? 何が?」
ビルワンジルに言われて、我に返ったジムドナルドは、鶏が首をしめられたような声を出した。
「オレが、ひまとか、いそがしいとか、ずいぶん気にしてたみたいだからさ。いまなら、まだ、余裕があるから、何かあるんなら手伝うぞ」
いやいやいや、ジムドナルドは大げさに頭を振った。
「何でもないさ。なんだ、その…、お前、めずらしく、ぼーっとしてたからさ。ここで、お前がそんなふうにしてるとこ見たことなかったから…、ただ、それだけさ」




