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ワンダー7  作者: 二月三月
始まりの終わり

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残心(4)

 

「ボゥシューが行方不明、って本当ですか?」

「え、ああ…、行方不明って言ったら、まあ、行方不明かな…」

 曖昧なタケルヒノの返事に、不信感をあらわにしたリーボゥディルがさらに突っ込む。

「まあ…、って? どういうことです?」

 リーボゥディルの剣幕に、タケルヒノは思わず引き気味になってしまう。

胞障壁(セルレス)の中にいるんです。もうすぐ出てくると思いますけど…」

「どうして胞障壁(セルレス)なんかに?」

「まあ、いろいろあって…」

 語尾をにごして詳細を語らないタケルヒノに、痺れを切らしたリーボゥディルが全身を光らせた。

「ぼくも探します」

「待って」光の粒子となって消えかけたリーボゥディルをタケルヒノが押しとどめた「胞障壁(セルレス)から出てきたら、僕とジルフーコが迎えに行きますから、あなたじゃ胞障壁(セルレス)の中には入れないだろうし」

「あなたはできるんですか?」

「できなくはないですけど、入り口の違う胞障壁(セルレス)の中を行き来して探すのは、かなり難しいので、それより実空間に出てきたところを迎えに行くほうが簡単です。ボゥシューもそう言ってたし…」

「ボゥシューが?」

「はい」

 理屈はわからないでもなかったが、妙に落ち着いているタケルヒノにイライラして、リーボゥディルが叫んだ。

「心配じゃないんですか?」

「え?」当惑したタケルヒノがリーボゥディルに聞いた「心配、って何が?」

 リーボゥディルは、ここで、やっと気づいた。

 タケルヒノはほんとうに(丶丶丶丶丶)心配していないのだ。というより、心配する類の出来事ではないのだろう。この人たちは自分とは違う。そして、ボウシューも…

「わかりました」リーボゥディルは自分をどうにか抑えることに成功した「ボゥシューが見つかったら、必ず教えてください」

 ああ、もちろんです、とタケルヒノは、いつもの通りに安請け合いした。

 

「やあ、タケルヒノ」

 ヒューリューリーはタケルヒノの前で体をびゅんびゅん振り回した。

「もう、体のほうは良いみたいですね」

 ヒューリューリーの鼻っ面がぶつかりそうになったので、体を引きながらタケルヒノが言う。

「まあ、ただの打ち身でしたからね。腫れがひけばこんなもんです」

 タケルヒノも、どう対応して良いやらわからないので、笑ってごまかした。

「ときに」と、かしこまって言う、ヒューリューリー「ボゥシューとサイカーラクラを探しに行かれるそうですが?」

「ええ、まあ…」

 さっきのリーボゥディルのこともあるので、少し身を固くするタケルヒノ。それを知ってか知らずか、ヒューリューリーはしなやかに体を回す。

「サイユルには寄られませんか?」

「サイユルですか…、あ、もしかして?」

 ちょっぴり笑顔になったタケルヒノに応じるように、ヒューリューリーが、ひゅん、と風を切った。

「サイユルに帰ろうと思います」

「ようやく決心されたのですね」

「ええ、まあ」タケルヒノの言葉に、胞障壁(セルレス)を超えた唯一のサイユル人は、悩まし気に体をくねらせた「やはり、どう考えても、帰ったほうが良さそうだと思うのです。もし、お邪魔でなければ、サイユルまで、私を連れていってほしいのです」

「そういうことなら、お安いご用です」

 タケルヒノの快諾に、でも、と、ヒューリューリーは、まだ何か煮え切らない。

「心配なのは、ジムドナルドのことです。私がいなくなっても、彼は、大丈夫でしょうか」

 思わず吹き出しそうになったが、ヒューリューリーの真摯な様子を見て、タケルヒノは、ふとももをつねって我慢した。

「デルボラの件では彼はとてもがんばりました。もちろん、あなたの助けがあったのは知っています。でも、もうそろそろ、独り立ちしてもいいのじゃないでしょうか?」

 それだけ一気に言ったタケルヒノは、息を止めてこらえた。これ以上、肺から空気を出したら、絶対、笑ってしまう。

「そうですよね」ヒューリューリーはゆったりと体を回した「いつまでも支えられ続けるのは、ジムドナルドにとっても良くないことなのはわかっています。彼は私から巣立っていかねばならないし、私も彼から離れなければならないときが来たのでしょう」

 ではまた後ほど、と、ヒューリューリーは、しずしずと去っていった。

 タケルヒノは、棒のように突っ立っていたが、ヒューリューリーの姿が見えなくなるやいなや。手で口をおさえていちばん近い部屋に飛び込んだ。

 部屋の中からは、しばらくの間、忍び笑いが漏れ聞こえていた。

 

「さあ、2人を探しに行こう」

 タケルヒノは、意気揚々と、操縦席のジルフーコに声をかけた。

「もう、やり残したことはない?」

 ジルフーコが尋ねた。

「こまかいことはあるかもしれないが、言いだしたらキリがない。あとはダーにまかせたよ」

「ヒューリューリーも一緒だって?」

「サイユルまでね。だから真っ先にサイユルに行って、彼を降ろしてしまおう」

「すべて終わったってことだね。じゃあ、行こうか」

 コンソールを操作し、補助駆動機関を始動したジルフーコに、タケルヒノは言った。

「終わったんじゃない。これから始まるんだ。僕たちの本当の旅が」

「え?」

 笑いながら聞き返すジルフーコに、タケルヒノは続けて言う。

「僕らは、わけもわからないまま宇宙船に無理やり乗せられて宇宙に出された。なかば自由意志とは言え、胞障壁(セルレス)を超えさせられ、光子体(リーニア)以外に誰も行ったことのない胞宇宙(セルベル)を旅した。最初の光子体(ピスリーニア)に再会し、そして、デルボラに会った。全部、僕らが、僕らの旅をするための準備だったんだ」

「へえ、面白いな。いままでのは操作教習書(チュートリアル)だったってわけ?」

「そうだよ。そして、ここからが本番だ。僕らは自分の欲しいものを探して、自分のための旅をするんだ」

「この旅の終わりはいつ?」

「わからないよ」タケルヒノは笑った「終わったときにはわかるだろうけど。僕はデルボラに、何を探しているのかは見つかったときにわかる、と言った。僕はいつも正しいんだろう? 君たちはいつもそう言ってる。だったら、きっとこの旅が終わればわかる。わかったときが終点だ」

「そういうことなら、この旅は終わりそうにない」

「それは完全()情報体(リーンファノア)としての感想?」

「そういうこと」

「じゃあ、僕の言ってることと同じだよ」

「そうだね」

 ゆっくりと遠ざかる岩肌がしだいに凹凸を滑らかにし、やがて壁スクリーンに衛星(ファルメ)の全景が映し出される。そのまま引いていく衛星(ファルメ)の隣に宇宙船(ダー)が見えた。

 なおも同じ速度で縮小していく衛星(ファルメ)が、解像限界を超えて漆黒の闇に溶けたとき、はるか下端に惑星(スナート)が見えた。

 それすらも、やがて、見えなくなって、何もない。何もない、それが真の宇宙の姿だった。

 すべてが闇へと還元された空間は、そして、光と同じになった。

 


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