残心(2)
ふーん、と、イリナイワノフはビルワンジルの説明に、いちおう納得した顔を見せた。
「じゃあ、しばらくボゥシューとサイカーラクラには会えないんだね」
「そうだ」
「タケルヒノとジルフーコが迎えに行くの?」
「そうだ」
「あたしたちは?」
「行かない」
イリナイワノフは、少し考えている風だったが、しばらくすると、そうだね、そのほうがいいね、と独り言ちた。
「デルボラは?」
イリナイワノフは、また尋ねた。
ビルワンジルも、今度は即答できず、しばし考えをめぐらせてから答えた。
「タケルヒノは大丈夫だと言っていた」
「どうして?」
「エイオークニが約束したから」
そしてビルワンジルは、デルボラとエイオークニの賭けの話しをイリナイワノフにした。
「よくわかんない」
「ああ、オレもわからん」
イリナイワノフは、そこで質問するのをやめた。ビルワンジルにわからないことは、イリナイワノフにもわからない。
「日本人て、へんてこりんだね」
ああ、そうだな、と、ビルワンジルは肯いた。
「お疲れ様でした」
ダーは湯飲みに入った緑茶をエイオークニに勧める。
「どこで、こんなものを?」
エイオークニは驚きつつも、久しぶりの香りを鼻腔に楽しんだ。
「地球の動植物の主要遺伝子は、ボゥシューがまとめてくれていたので…」
ダーは、にっこりと微笑む。レシピ手帳を見たので、ぐらいの言い方だった。
「遺伝子培養してみました。わたしは味見ができませんから、あまり自信はありませんけど…」
「いえ、たいへんけっこうなお手前です」
一口、茶を口に含んだエイオークニの口許がほころぶ。
「よかった」
少女のように笑うダーに、何故か、エイオークニの顔が赤くなった。
「これであなたの役目も終わりですね。もう自由になさって良いのです。これから、どうされます?」
微笑みながら尋ねるダーに、しかし、エイオークニは顔をこわばらせた。
「いや、実は…」
エイオークニは身を乗り出してダーの耳元でささやく。ダーがボディーのその部分にマイクを埋め込んでいるかどうか、エイオークニは知らないのだが、ダーのことだから、そういうところは手を抜かないだろうと思っていた。
「まあ、あなた」案の定、ダーは驚きの声を上げた「またそんな約束を? タケルヒノほどではないですけど。あなたも大概、安請け合いが多すぎますよ」
「はあ、まあ」ダーに言われると、エイオークニも、さすがに消沈する「自分でも、損な性格だとは思いますが、こういうことは、どうにも断りきれないので…」
「実は、わたしもあなたのことを馬鹿にできないんです」そう言いながら、ダーも嘆息する「わたしもあなたと同じ人から同じことを頼まれているの」
え? と一瞬ためらうエイオークニだったが、よく考えれば、それは十分ありそうなことだった。
「どうしましょうか?」
「ほんとうに、どうしましょう?」
2人は見つめあったが、あまり良い考えは浮かんでこなかった。
「宇宙船運べって?」
「そうです」
寝ぼけまなこでソファから半身を起こしたジムドナルドに、ダーが告げた。
「わたしはデルボラを囲む胞障壁を超えられませんから、宇宙船をファライトライメンまで運行して欲しいのです」
「別にいいけどさ」と、めんどくさそうなジムドナルド「タケルヒノがいるんだから、タケルヒノに頼めよ」
「もちろんそれでもかまいませんが」ダーは言ったが、いろいろ含みのある言い方だ「タケルヒノが宇宙船を操縦したら、こちらの宇宙船は、あなたが操縦しないといけませんよ? けっきょく、同じだと思うけど」
「そんなの、デルボラに来たら、当然、そうなるってわかってたろうに。俺が胞障壁を超えられなかったらどうする気だったんだ?」
「だから、この前は、乗り捨てましたけど、よく考えたら、もったいないですからね」
ソファに胡座をかいて座ったジムドナルドは、あれこれ反論を考えてはみたものの、ちょっと、勝ち目はないようだった。
「わかったよ。操縦する」
「ありがとう、ジムドナルドはやっぱり良い子ね。ジンジャーエール召し上がる?」
ジムドナルドは、ダーの手からジンジャーエールのはいったカップを奪い取り、一息で飲み干した。
「おかわり」
「はい、少し待っててね」
ジムドナルドからカップを受け取ったダーは、いそいそと部屋から出て行った。
「レウインデが、ありがとう、だってさ」
ジルフーコの言葉にジムドナルドが顔を上げた。
「俺にか?」
「みんなに、って言ってたから、キミも入ってるだろ?」
ジムドナルドはいつになく神妙な顔つきになった。
「じゃあ、あいつ、もう来ないのかなあ」
「さびしいのかい?」
ジルフーコに問われたジムドナルドは、口を尖らせる。
「さびしいとか、そういうんじゃない。だいたい、あいつ、自分で用があるときは勝手に来るくせに、挨拶も他人まかせとか、ようするに人間がなってないんだ」
「人間じゃなくて光子体だよ」
「光子体でもだ。とにかくあいつはなってない」
ぶつぶつレウインデをあげつらうジムドナルドを、ジルフーコは笑いながら見つめていた。
「とりあえずファライトライメンには行くんだろ?」
ジルフーコに聞かれたタケルヒノは、憂鬱を面に貼りつけたまま答えた。
「行きたくないけどなあ。行かなかったら、3倍は面倒なことになりそうだしなあ」
「あきらめが肝心だよ」
「先にボゥシューとサイカーラクラを探しに行ったって、いいわけだよなあ」
「見つけてそのままトンずら出来るんなら、それもいいかもね」
「無理だよなあ。アグリアータは見逃してくれるかもしれないけど、ラクトゥーナルは追っかけて来るよなあ」
「ラクトゥーナルなら、逃げるのはそれほど難しくないよ」
「でも、ずっと、追ってくるし、嫌なんだよ。ああいうタイプ」
「じゃあ、行くしかないね」
タケルヒノは、いつまでもぼやき続ける。ボゥシューがいれば、タケルヒノはかっこつけてあまりぐちぐち言わないのだが、こうなると鬱陶しいだけだ。
早くサイカーラクラとボゥシューを探さなきゃ、とジルフーコは思った。




