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ワンダー7  作者: 二月三月
始まりの終わり

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胞障壁を超えて(5)

 

「探し物…?」

 いまだ焦点の定まらぬまま、熱に浮かされたうわ言のように、デルボラが問い返した。

「そう、あなたの探し物ですよ」タケルヒノは言った「見つかりましたか?」

「確かに、わたしは何かを探していた」

 それは、タケルヒノに答えを返している風ではなかった。誰か、デルボラですら知らない誰か(丶丶)に向かって、語りかけているように見えた。

「いったい、わたしは何を探していたのだろう?」

「別に何だっていいじゃないですか」

 タケルヒノは言ったが、それは、デルボラを揶揄するでも馬鹿にしているわけでもなく、ただ、坦々と自分の考えを述べているだけのようだった。

「見つかれば、その時、あなたが何を探していたのかわかりますよ」

 デルボラは、ここで、やっと、自分の話しているのが、タケルヒノだと気づいたようだ。邪気のない、心底不思議そうな眼で、デルボラはタケルヒノを見つめた。

「君は、自分が何を探しているのかもわからずに、探し物をするのか?」

「ええ、もちろんです。わかっていたら探す必要はないですからね」

「探す必要がない?」

「それが、何かわかったら、必ず手に入りますから」

「つまり、欲しいものが、ない…、と?」

「持っているもので、いいな、と思うものはたくさんありますよ」

「それを失ったら、と、恐くはならない?」

 タケルヒノは、少し、困った顔をした。デルボラの言葉の意味はわかるが、理解できない、そんな顔だった。

 デルボラは、突然、笑い出した。彼にもわかったのだ。

「そうか、なるほど、君は、そんなヘマはしない」

「しない、と言うより、出来ないんですよ」

 デルボラは、なおも、笑う。乾いた笑いが無音の真空に響く。しかし、その笑いは、彼自身を癒した。

「それで、不便だとは思わないんですか?」

「そうじゃない状態がわからないので」タケルヒノの口調は次第に言い訳がましくなる「ジムドナルドは、いつも、僕の悪い癖だと言うんですけど」

 彼ならそう言うだろう、とデルボラは、また、笑った。ひとしきり笑った後に、ふと、思い出したデルボラは、タケルヒノに尋ねた。

「君の探し物とは何だったんです?」

 これです、とタケルヒノは、金の鎖のついたペンダントをデルボラの眼前にかざした。

 デルボラの表情がみるみる変わる。

 タケルヒノに促されるまま、おずおずとペンダントを手にしたデルボラは、小さな留め金を外して、ロケットの蓋を開けた。

 ロケットの中には、写真があった。それを見たデルボラは、お、と小さく嗚咽をもらし、すぐに蓋を閉めた。

「これを、どこで…?」

「あなたの胞障壁(セルレス)の中で」

 デルボラの顔に、安堵とも諦念ともつかぬ表情が浮かぶ。デルボラは、手を差し出し、ペンダントをタケルヒノの手に戻した。

「このペンダントは、もともと彼のもの(丶丶丶丶)です」デルボラは言った「だから彼に返してほしい」

 デルボラの体から、かげろう(丶丶丶丶)のように、極彩色の胞障壁(セルレス)が立ちのぼる。それは、もう、闇の形をしておらず、しいてあげれば蜃気楼のように、デルボラの体を曖昧に包んでいく。

「わたしも探しにいきましょう」

 驚くほど柔和な顔を見せたデルボラは、自分を包んでいく胞障壁(セルレス)に身を委ねた

「タケルヒノ、君は、わたしが見つけたなら、わたしが何を探していたのかわかると言った。確かに、君は、正しいような気がする。もういちど探してみよう。本当は、わたしが何をしたかったのかを」

 曖昧さがデルボラを取り込み、茫漠とした情報(リーンファン)へと還元していく。

 極彩色が色としての情報(リーンファン)を空間へと拡散していくさなか、

 いままで、押し黙って、事態を見守るだけだったエイオークニが、突然、声を上げた。

「駄目です。デルボラ。まだ私との約束が残っている」

「約束とは?」

 織りなす色は、とまどうように、エイオークニに問うた。

「あなたとの賭けです。私はタケルヒノに会えた。賭けは私の勝ちです。あなたは、私の願いを聞かなければならない」

「ああ…、そう…でした」

 声、というには、あまりにもとぎれとぎれで、だが、その意志のこもった音列は、かろうじて意味をエイオークニに伝えようとざわめく。

「賭けは…あなたの…勝ちです。でも…すみません…あなたの…願いを…かなえる力は、もう…、わたしには…」

「私と、もういちど、会ってください」

 虚ろに形を崩していく色に向かって、エイオークは叫んだ。

「たとえあなたが、どんな形になろうとも、そして私がどうなろうとも、私とあなたは、かならず会うんだ。それが私の望みです」

 色は最後に微笑んだように見えた。

 デルボラは胞障壁(セルレス)と共に姿を消し、この胞宇宙(セルベル)に存在するものとは、次元を隔てた存在になった。

 


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