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ワンダー7  作者: 二月三月
始まりの終わり

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225/251

胞障壁を超えて(4)

 

 それは、最初、何もない空間だった。

 無為のままに濃淡を重ねた、虚無が、発端をつかんで輝きだす。

 単純な輪郭で囲まれた光球が、その境界を周囲に拡大していく。

 一点の欠陥も持たない完璧な光。

 光量の揺らぎもなく、ただ一様に平らな光を周囲におしなべる、完全無欠の領域。

 出現した光の領域を、呆けたように見つめていたデルボラは、突然、叫びだした。

「ありえない」デルボラは、絶叫した「こんな胞障壁(セルレス)など、あり得るはずがない」

 しかし、それは存在した。

胞障壁(セルレス)は数学障壁。それは、つまり、問題の集合」

 ボゥシューの声が識域下から湧きあがる。

胞障壁(セルレス)の光点は個々の収束点、それが、答え。答えの連なりが胞障壁(セルレス)の本質。だから、一点の欠陥も持たない光点だけで構成される胞障壁(セルレス)は、正しい答えしかない。真値のみで構成された、正しい集合(丶丶丶丶丶)

「そんなもの、あるわけが…、ない」

 デルボラの声は次第に、弱弱しく細り、光の胞障壁(セルレス)に飲み込まれるようにか細く拡散した。

「でも、あるんだ。前にも同じ胞障壁(セルレス)を見た」

 デルボラは、驚愕の眼差しをボゥシューに向ける。

「はじめてここに来た時、通った胞障壁(セルレス)だ。圧倒的な光、光以外、何もない。すべてが正しいのだから間違えようがない。タケルヒノがデルボラに至るために超えた胞障壁(セルレス)。あれは、タケルヒノの胞障壁(セルレス)

 ボゥシューの言葉に、デルボラが悲鳴をあげる。

 

 デルボラが悲鳴をあげる。叫びながら両手を振り回した。両手の先から極彩色の闇が流れ出す。それは、デルボラの意地か、はたまた恐怖の裏返しか、絶対光領域に向かって、喰らいつくように伸びていく。

 ちっ、と、舌打ちしたジムドナルドが壁を蹴って飛んだ。

 2つの異なる種類の胞障壁(セルレス)がぶつかったらどうなる?

 ジムドナルドにも結果は正確にはわからない。が、ろくなことにはならなさそうだった。本能的に危険を感じたジムドナルドは、デルボラの手先から伸びる二条の闇を、その手で払った。闇はいったんは軌道を変えたものの、また光球へと向かって伸びる。闇をいなしつつ、ジムドナルドは、その闇の元、デルボラを見た。自分を見失って、意味のない言葉をわめきながら、めちゃくちゃに両腕を振るばかりのデルボラ。

――こいつはダメだな

 再び、うねる2本の闇の蛇に向き直るジムドナルド。

 そのジムドナルドを制するように、一体の宇宙服が、前に進み出た。

――ボゥシュー?

 光球と極彩色の闇の間に身を置いたボゥシューが両腕を広げると、うねる闇が新しい目標を定めて、ボゥシューにまとわりついてきた。

「おい、待て、ボゥシュー」

 広げた腕の片方をつかもうと、ジムドナルドが手を伸ばす。

 が、それより早く、

 ボゥシューの左手をつかんだ者がいた。

 その手は、ボゥシューを闇から引き出すのではなく、逆につかんだ手を頼りに、ボゥシューの腕の中に飛び込んだ。

「お姉さん」サイカーラクラは言った「私たち、ひとりでは胞障壁(セルレス)を超えられないかもしれない。でも、2人一緒なら…」

「ああ、そうだ」

 ボゥシューは答えた。

「2人一緒なら、きっと胞障壁(セルレス)を超えられる」

 まとわりつく極彩色の胞障壁(セルレス)が2人を完全に包みこみ、その姿もおぼろに奇怪な脈動を始めた時。

 光球から、ヘルメットがひょっこり顔出した。

 するり、と、光球から滑り出たタケルヒノは、傍らの胞障壁(セルレス)にちょっとだけ驚いた顔をしたが、その中身(丶丶)に目をやると、親しげに手を振った。

 ボゥシューとサイカーラクラも、胞障壁(セルレス)の中から、手を振り返した。

「ちょっと、遠出する」ボゥシューはタケルヒノに言った「ワタシたちが胞障壁(セルレス)から出たら、迎えに来てくれ。宇宙船がないと不便だからな」

「ああ、わかった」まるで列車で出かける知人を見送るように、タケルヒノが言った「ジルフーコと一緒に迎えに行くよ。あまり、遅くならないように行くから、待っててね」

 胞障壁(セルレス)の中の2人が、かすかに笑ったように見えた瞬間。

 極彩色の闇は急激に収縮し、忽然と消えた。

 

「遅い」

 ジムドナルドの声が、タケルヒノのヘルメットの中に割れんばかりに響いた。

「あ、すまん、いろいろ手間どってね」

 小声で言い訳するタケルヒノに、ジムドナルドがかぶせた。

「とにかく、もたせたぞ。ぎりぎりだが、あとはおまえ次第だ」

 ジムドナルドは、それだけ言うと、壁に身をゆだね、そのまま動かなくなった。

 タケルヒノは、動かなくなったジムドナルドに声をかけようとしたが、思い直して、デルボラのほうを向いた。

 デルボラは、もはや一言もしゃべらず、魂の抜けがらのように、タケルヒノの前に漂っている。

「どうも、遅くなりまして、申し訳ありません」

 タケルヒノは、デルボラに向けて一礼した。

「探し物がなかなか見つからなかったのです。でも、おかげさまで、どうにか見つけることができました…」

 タケルヒノの言葉に、デルボラは反応しない。

 焦点の合わない目で、いましがた、ボゥシューとサイカーラクラの消えた空間を見つめ続けている。

 タケルヒノは、デルボラの虚脱ぶりにはあまり興味がないようだった。返事がないのを無視して、一方的に話し続ける。

「…とは言っても、見つけたのは、僕じゃなくて、ボゥシューなんですけどね。…まあ、いいや。…ところで、あなたのほうの探し物は見つかりましたか?」

 


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