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ワンダー7  作者: 二月三月
始まりの終わり

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胞障壁を超えて(3)

 

「夢…、ですか」

 部屋の隅までたどり着き、壁を侵食しだした胞障壁(セルレス)を見つめながら、デルボラが呟く。

「はるか昔、そう、わたしにも、あったような気がします…。茫漠として、いまとなっては、それ自体が夢だったような気さえしますが…」

「何故、重中性子体(レビフォノア)になった?」

光子体(リーニア)では、ダメなことがわかっていたから」

 デルボラの意識は、問うジムドナルドを通りこし、虚空に向かって語っているように見えた。

光子体(リーニア)では軽すぎて、胞障壁(セルレス)の中で(ニム)を維持するのがほぼ不可能。彼は(丶丶)できると言ったが、わたしはできないと思った。あの頃、励起子体(パウフラニア)は理論の域を出ず、実用化など夢のまた夢だった。その点、重中性子体(レビフォノア)は魅力的だった。数百万年? いや、数億年の孤独にさえ耐えられれば、胞障壁(セルレス)を超える方法を見つけられるだろうと、根拠もなく思った」

「まだ、数万年しかたってないぜ」

 デルボラは、笑った。とても寂しげな笑いだった。

「同じことだ。わたしは無限を甘く見ていた。胞障壁(セルレス)は無限。胞宇宙(セルベル)と同じ、真の無限だ。理論は無限を美しく閉じ込めるが、所詮、理屈は理屈。理論通りにたどったところで、現実の中で(丶丶丶丶丶)もがく限り(丶丶丶丶丶)無限の果てを超えることはできない。超えるには、理論ではなく、時間でもなく、天才が必要だ」

「あんたも、天才だろう。胞障壁(セルレス)を生み出せる」

 デルボラは、静かに首を振った。

「天才も最初は、誰かの真似から入る。理論は、結局、真似の集大成だ。理論によって本質を理解すれば、同じものは造れる。だが、それは、ただの同じもの(丶丶丶丶)だ。わたしは胞障壁(セルレス)を生み出せる。しかし、それは、所詮、胞障壁(セルレス)胞障壁(セルレス)では、胞障壁(セルレス)を超えられない」

「超えようとしたことは、あるか?」

「超えようとしたか、だと?」

 いままで、何かをあきらめたような、死んだ瞳をしていた、デルボラの顔がにわかに険しくなった。

「わたしは、何のために、重中性子体レビフォノアになった? そもそも、その前に、光子体(リーニア)になっている。2度の情報体転換をしても、届かなかった」

胞障壁(セルレス)を超えるのには、情報体(リーンファノア)である必要はない」

「そうだ。だが、そのころのわたしには、そんなことはわからなかった」

胞障壁(セルレス)を超えるのに…」ジムドナルドはもう一度、繰り返した「情報体(リーンファノア)であっても、何の問題もない(丶丶丶丶丶丶丶)

 デルボラの顔に戸惑いの表情が浮かび上がる。見ようによっては、すがるようにも見える、その眼で、彼はジムドナルドを見つめていた。

最初の光子体(ピスリーニア)は、胞障壁(セルレス)を超えられなかった。あんたもそう言ったし、何より本人がそう言ってる。だが、それがどうした? もともと光子体(リーニア)胞宇宙(セルベル)を自由に行き来できるんだ。必要だったのは、胞宇宙(セルベル)間で物資を移動させることだった。情報だけでは(丶丶丶丶丶丶)どうにも(丶丶丶丶)ならない(丶丶丶丶)最初の光子体(ピスリーニア)は宇宙船を、情報キューブではなく、テクノロジーそのものの実体を他の胞宇宙(セルベル)に持ち込んだ。やり方はめちゃくちゃだし、泥臭くて、まあ、あのおっさん(丶丶丶丶)らしいと言えば、らしいが、それでも、やったんだ。それだけは、どうしたって認めなけりゃならない」

彼は(丶丶)、いつもわたしの先を行っていた。彼は(丶丶)、わたしの夢であり、そして壁」

胞障壁(セルレス)に先も後もあるかっ」

 突然のジムドナルドの激高に、デルボラは驚いて、目を見開いた。

胞障壁(セルレス)は時間も空間も超える。時空間のどこかにあった、ということだけが重要で、その他のことは何も関係ない。因果律さえ、前後の関連性ベクトルが消失して、ただ線で結ばれた関係性だけが残るのだ。前にやろうが、いまからやろうが、これからやろうが、そんなことは無意味だ。やるか、やらないか、それだけだ」

「わたしに、何をしろと言うんだ?」

 苦しそうに顔を歪めて呟くデルボラに、ジムドナルドの叱咤が飛ぶ。

「知るか、そんなこと」

 ジムドナルドは叫んだ。

「俺はな、留守番頼まれただけなんだ。そんな難しいこと、俺が知ってるわけないだろう」

 言いつつジムドナルドは、虚空の一点を指差した。

 そこは、部屋の天井に近く、何もない空間だった。

 ジムドナルドが指差すと、粟粒のように小さな光点が現れ、それは次第に光を増した。

「聞くんなら、あいつに聞け」

 穏やかな光を放ちつつ、真球を形作って膨らむ胞障壁(セルレス)それ(丶丶)に右手の人差し指を向けたまま、ジムドナルドは言った。

あいつ(丶丶丶)なら知ってる。ただ、言っとくけどな。後悔したってしらないぞ。なんてったって、あいつ(丶丶丶)は、俺ほど優しくないからな」

 


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