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ワンダー7  作者: 二月三月
始まりの終わり

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222/251

胞障壁を超えて(1)

 

 ジムドナルドを前にしたデルボラは、不思議なことに、生気が戻ったように見えた。

「授業?」挑むようにデルボラの片眉が上がる「何の授業? 先生は誰? そして生徒は?」

「あんたが胞障壁(セルレス)物理学の先生で、俺が生徒。そして、俺が社会宗教学の先生で、あんたが生徒だ」

「ずいぶんと、不公平じゃありませんか」デルボラは不満を言い立てた「ここにいる人は、みんな胞障壁(セルレス)に詳しい人ばかりなのに、神について詳しいのは、ジムドナルド、君だけですよ」

 ジムドナルドは、ちょっと振り向いて、ボゥシュー、サイカーラクラ、ビルワンジルに視線を送ると、すぐまた、デルボラに向き直った。

「神も、胞障壁(セルレス)も、たいした違いはないだろ?」

「君は、タケルヒノがいるから、適当なことを言ってるのではないですか?」

「あいつは神じゃない。悪癖が多すぎる」

「神にも欠点はたくさんあります」

「いや、違うな」ジムドナルドは、他のことはともかく、タケルヒノのことで譲る気はなかった「あいつの悪い癖は、数え上げたらキリがないが、中でも最悪なのが、人の頼みごとを、ほいほい聞きすぎることだ。とにかく、断る、ってことを知らないからな」

「それで、すべて解決するのだから、別にかまわないでしょう?」

「それが、いちばん悪い」

 ジムドナルドは、言い切った。

「ちゃんとした神は、人間なんか助けない。自分のことで手一杯だからな。宇宙全体の整合性を取らなきゃならんのに、人類救済なんてちっぽけなことに手を出してる暇はない。人助けなんかしてるのは、全部まやかしだ」

「では、タケルヒノは、まやかしの神?」

「んなわけあるか。あいつのは暇つぶしでやってるんだ。そもそも、頼めば何でもやってくれるが、別に、あいつは、結果については拘泥しない」

「結果に拘泥しない?」

「失敗しないからな」

 デルボラは声をあげて笑った。

「なんとも扱いにくい人だ。まあ、タケルヒノのことはいい。ジムドナルド、君のことが聞きたい。どうやって胞障壁(セルレス)を超えた?」

「俺はずっと見ていた」

「何?」

「タケルヒノが胞障壁(セルレス)を抜ける間、ジルフーコが胞障壁(セルレス)を抜ける間、俺はずっと見ていた」

 ジムドナルドの話しに、デルボラは思わず身を乗り出す。ずいぶん興味があるようだ。

「何がわかった?」

胞障壁(セルレス)は数学障壁だ。無限連鎖する問題をすべて解かなければ超えられない。ジルフーコは真正面から解いた。すべての正しい道を突き進んだ。あれはタケルヒノにはできない。そもそもタケルヒノは、数学障壁と言いながら、実は、数学的には、問題を解いてるわけじゃない。それをやったのはジルフーコだ。あおりを食って、完全()情報体(リーンファノア)なんておかしなものになっちまったって、おまけがついたが…」

完全()情報体(リーンファノア)は、おかしなもの、ではないのですがね」

「でも、不便だろ?」

「それは、認めます」

 デルボラは、何か言いたげだったが、言葉を飲み込み、ジムドナルドに話しを続けさせようとした。そっちのほうが興味深い。

「ジルフーコのやり方は、タケルヒノとは違う」ジムドナルドは繰り返した「タケルヒノ本人は無意識でやってたみたいだから、本人も、自分が何をしているのかは、よくわからなかったみたいだ。俺は両方を見て比較したから、タケルヒノが何をしているのかわかった」

「わかりましたか」

「ああ、わかったよ。複素数体の解集合の分布は、定義はできても、真と偽を有限操作では分離できない。しかも、複素数体の解集合、すなわち胞障壁(セルレス)の中には、真でも偽でもない部分が存在する。本来なら、問題をもっと難しくする、この真でも偽でもない部分、タケルヒノは、逆にそこを抜けていって、最終的な出口の解に飛び込んでいた」

「確かにタケルヒノなら、それができるでしょう。でも、それは、たとえて言うなら迷路の壁を乗り越えることだ。壁を乗り越えれば、確かに近道にはなるし、迷路を抜けやすくはなるかもしれない。でも、壁を越えても、そこはまだ迷路です。タケルヒノのように、何もしなくても正しい道を通れるのでなければ、また、迷ってしまう」

「そりゃあ、壁を抜けるだけなら、また迷うだろ、タケルヒノでもなけりゃな」

「それなら、その方法では、君は、胞障壁(セルレス)を超えられない」

「そうだよ。だから、俺は、壁を抜けずに、壁の上に立って俯瞰(ふかん)した。そして、迷路の抜け方を記憶して、その通りに抜けたんだ」

 沈黙が降りた。

 デルボラは、目を閉じ、深く静かに思考の淵に沈んだ。

 再び目を開いた時、

 デルボラの顔には、うっすらと、笑みが浮かんでいた。

「君が胞障壁(セルレス)を超えたというのは事実ですし、君の説明も一応の筋は通っています。しかし、それが真実だとすると…」

「ああ、悪い悪い、言ってなかったな」

 ジムドナルドはおどけた口調で言った。

「実は、俺、天才なんだ」

 


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