虚実の果て(7)
「また、胞障壁か。大安売りだな」
「まあ、向こうも、いろいろ理由ありだからな。迂回しても、あまり意味はないだろう」
ジムドナルドの言葉に、肯いたビルワンジルが、背中の槍を取って、無造作に胞障壁に投げつける。
「そうそう、こういう時は、正面突破だ。それがいちばん、わかりやすい」
ジムドナルドは四散した胞障壁を抜け、次の通路へと体を滑らせた。
「もともと宇宙は理不尽なものですし、タケルヒノのことも、そういう理不尽さの顕現のひとつとすれば、認めるしかないのかもしれませんが…」
それでも、デルボラは、あきらめきれずに言葉をつないだ。
「できれば、わたしの生まれる、もっとずっと前とか、あるいは数億年後とか、わたしと関係ない時代に現れて欲しかったです」
「それは無理だな」
ボゥシューの言葉には、いくばくかの感情も、ましてや思いやりの心などは皆無だった。
「胞障壁は時間も空間も超える。アナタが、胞障壁に興味を持った以上は、時間など関係ない」
「手厳しいですね」
デルボラは、何故か、楽しそうだった。いや、もしかしたら、本当に楽しかったのかもしれない。
「この閉ざされた胞障壁のことを…」デルボラは、自らの生み出した胞障壁を、まるで赤ん坊のように、優しく両の腕に抱きこむ「きちんと理解しているものは、残念ながら、宇宙には、ほとんどいません」
「胞障壁は、閉ざされてなどいない」
「いま、何と言いました?」
デルボラの射るような視線に怯みもせず、ボゥシューが言う。
「胞障壁は閉ざされていない、何故なら、すべての胞障壁は、つながっているから」
「本当に、ここの隣にいるのか?」
問われたジムドナルドは、目の前の胞障壁とビルワンジル交互に見比べ、そして、大きく肯いた。
「最後の関門だ。そいつを吹き飛ばせば、その胞障壁の向こうに、デルボラがいる」
ビルワンジルは、最後に残った槍を背中から引き抜いた。
それは、ジルフーコの造った高エネルギー共鳴構造を持つ、対光子体用の槍ではない。手製の朱房の槍だ。
「それ、使うのか?」
問うジムドナルドに、ビルワンジルは笑って答えた。
「ジルフーコの言い分だと、ジルフーコの槍にも胞障壁を壊す力はないそうだ。アイツは、オレが壊したんだと言った。ジルフーコが正しいなら、この槍でも大丈夫だろう」
「いや、そうじゃなくてさ」
「え?」
「大事なモンなんだろ? それ。いいのか? 使ったら、無くなっちまうぞ」
ビルワンジルは、槍を握りしめ、穂先に視線を移すと、ニヤリ、と笑った。
「まあ、思い出の品だけどな。いま、あらためて見ると、それほど出来は良くない。壊れたら、また、作るさ」
「胞障壁は、胞宇宙を介して、すべてつながっている」
ボゥシューは繰り返した。
「その通りです」デルボラは、ボゥシューにの言葉に応じた「胞宇宙が、胞障壁を介して、つながっているのと同じように、すべての胞障壁はつながっている」
そして、デルボラは、サイカーラクラの背筋が凍るような笑みを、ボゥシューに向けた。
「何故、知っているのです?」
「胞障壁の中を旅した」
ボゥシューが答えた。
「最初は、夢をみているのだと思った。でも違った。胞障壁中で、タケルヒノに会った。第一光子体の中にいるサイカーラクラにも会った。ジルフーコになる前のジルフーコにも会った」
サイカーラクラが大きく瞳を見開き、ボゥシューを向く。その口から言葉がもれた。
「あれは…、ボゥシュー、ほんとうに…、ほんとうの、お姉さん?」
ボゥシューは、サイカーラクラの問いには答えず、デルボラを見据える。
「そして、アナタにも…、アナタは言い争いの後、ペンダントを無くして…」
「何故、それを知ってる?」
さっきと同じ問いを発したデルボラは、しかし、こんどは明らかに動揺していた。
震える唇で、デルボラが次の言葉を言いかけた時、
闇の扉が開いて、一条の光が、差し込んだ。
「いよう、デルボラ。ずいぶん、待たせたな」
ジムドナルドは、部屋に入るなり、デルボラとボゥシューの間に割り込んだ。
「予習は、きちんとすませたか?」
ボゥシューとサイカーラクラをその背に庇い、ジムドナルドは、堂々とデルボラへと向かった。
「宿題のやり残しはないか? 準備がいいなら、最後の授業をはじめるぞ」




