虚実の果て(6)
エイオークニがいなくなったので、ビルワンジルが最後尾に下がった。
ボゥシューとサイカーラクラを、ジムドナルドとビルワンジルではさむ形だ。
だからといって、どうということはない。
紳士的、と見る向きもあるかもしれないが、デルボラに対しては、何か意味があるわけではない。
前とか後ろとか、あるいは真ん中とか、
そんなことはデルボラには関係ないのだ。
そして、それは、突然だった。
気配も何の前兆もなく、
例の闇すら現れることもなく、
ボゥシューとサイカーラクラは、忽然と消えた。
「さて、どうする?」
ジムドナルドに近寄ったビルワンジルが言う。
「どう、って、言われてもなあ」
ジムドナルドはのんきそうな声で、言った。
「俺たちにすら、扱いは丁寧だったからな。彼女らと、話しがしたいだけだろう、デルボラは。まあ、俺たちは、黙って進めってことだろうな」
そう言って、ジムドナルドは前方を指さす。
目の前の通路の真ん中に、極彩色の胞障壁が蠢いている。
ビルワンジルは、無言で背中の槍に手をまわした。
ヘルメットのバイザーに表示される位置情報。
ボゥシューの現在位置を示す赤い位置マーカーが、目的地である緑の四角に重なっている。
故障でなければ、ここが終点ということだ。
「ようこそ、いらっしゃい」
デルボラは、ボゥシューとサイカーラクラ、それぞれに視線を投げ、満足そうに笑んだ。
「あなたたちに会えて、とてもうれしい」
「そうだな、会えてうれしいよ」
ボゥシューは言った。
「いろいろ話したいこともあるしな」
「私もです」
サイカーラクラは言って、自分の手を伸ばし、ボゥシューの手を握りしめた。
「サイカーラクラ」と、デルボラは名を呼んだ「わたしは、あなたが小さかった頃のことを憶えています。わたしは、あなたにひどい事をしました。ずっと、謝りたかった」
いいえ、とサイカーラクラは首を振った。
「あなたは、私がお父さんの中にいるのを知らなかったのだから、しかたありません」
「ありがとう」
デルボラは言った。
「あのとき、あなたが崩壊してしまわなくて、本当に良かった」
「ま、昔のことは、あれこれ言ってもしょうがない」ボゥシューはサイカーラクラの手を握り返した「それより、何故、ワタシたちだけを呼んだ? 何か用でもあるのか?」
「でも、彼らが、ジムドナルドが、ここに来てしまったら、終わりでしょう?」デルボラは少しおどけた口調で言った「その前に、あなたたちと話したかった」
デルボラは、笑いながら言ったのだが、サイカーラクラは、こんな寂しげに笑う人を見るのは、初めてだった。
「終わりかどうかまでは知らない」ボゥシューは言った「ジムドナルドがいたら、いろいろ話しがしずらかったのは認める」
「何の話しをしましょうか?」
「胞障壁の」デルボラの問いかけに、ボゥシューは迷わず口に出した「胞障壁の話しをしよう」
デルボラの面持ちが変わる。
「よろしい、胞障壁の話しをしましょう」
デルボラは虚空を見上げて目を閉じた。
「思うに、わたしは、ずっと、胞障壁の話しをしたかったのです。誰とでも話せることではない。わたしは胞障壁について話しができる人を、ずっと待っていました」
「胞障壁とは何だ?」
「胞障壁は謎、胞障壁は解かれるべき問題」
ボゥシューの問いに、デルボラは両手を捧げる。その掌の間に極彩色の闇が生まれた。その異様に蠢く様を間近にして、サイカーラクラが息を飲む。
「胞障壁は謎、だから、わたしが生み出せる。本当は解かれなければならない謎、わたしは解く術を知らない。だから、わたしは胞障壁を生み出せる。でも解けない。生み出すだけ」
「問題を見つけるのも才能のひとつだよ」
「そう、それは、知っている。たいていの人間は問題を認識できない。問題と知って、はじめて立ち止まる。そしてそこから動けない。問題を認識できなければ、動いているのか止まっているのかすらわからない。立ち止まっているのはわかる。でも、そこから動けない」
「ジルフーコとは話したんだろ?」
「ええ、まあ…、彼のやり方はお勧めではないそうです」
「それを言ったら、タケルヒノのやり方は、もっと勧められない。反則くさいしな」
「それについては、どう思っているのですか? わたしには、とても信じられませんが…」
「信じるとか信じないとかいう類の話しじゃない。実際、そうでなければ胞障壁は超えられなかったし、他のこともうまくはいかなかったろう。サイユルもベルガーも、他の胞宇宙のことも…」
「そうは言われても、わたしには無理です。そんな人間が存在するのは、ある意味、科学への冒涜ですよ」
「そりゃあ、そうだろうし、ワタシだって、イヤだけど…」
ボゥシューは、もう、うんざり、という口調で付け加えた。
「実際、そうなんだからしょうがない。タケルヒノは、常に正しい選択をする。アイツは絶対に間違わない。いまいましい話しだけど、それがアイツが胞障壁を超えられる理由だ」




