虚実の果て(4)
閃光が走り、壁を伝って振動が襲うも、肝心のゲートは四隅が壊れただけで、通路の中央を塞いでいる。
ジムドナルドはゲートの真ん中を思いきり蹴とばしたが、少し揺れる程度で倒れる気配はない。
「ここは外壁が近いから、ゲートも厚いんだな。しくじった」
ジムドナルドは、損傷の大きい上部に、多めに爆薬をしかけると、皆を下げさせた。
自分も壁の障害物に身を隠すと、再びスイッチを押す。
1秒、2秒、3秒…
「なんだ? 不発か?」
ビルワンジルが一歩踏み出した瞬間、
「危ないッ、下がれっ」
ジムドナルドが、ビルワンジルをかばって突き飛ばしたのと同時に、目もくらむ光が、周囲を満たした。
天井を突き抜けて、デルボラ=ゼルの外壁まで吹き飛ばした爆風が、勢いを駆って、ジムドナルドを巻き上げる。
宇宙に、はじき出されたジムドナルドは、スラスター出力全開で抗した。
すんでのところで態勢を立て直し、スラスターを操って、いま空いたばかりの穴に突進する。
ほどなく距離はつまって、すぐに室内が見える位置までたどり着けた。スラスターに制動をかけ、微動側に制御を切り替える。
ジムドナルドの体が止まった。
穴から見える。ビルワンジルが、ボゥシューとサイカーラクラが見える。
スラスターの微動スイッチを押すが、まったく動かない。
メインの駆動スイッチを入れた。
動かない。
「おーい、誰か」ジムドナルドはヘルメット内のマイクに向かって言った「俺を引っ張ってくれ。スラスターがイカレタらしい」
ジムドナルドの眼前に、だらん、と一本、ロープが伸びた。
ヒューリューリーの宇宙服だ。もちろん、中身も入っている。
一瞬、躊躇したジムドナルドだが、まあ、いいか、と目の前に差し出されたロープをむんずと掴んだ。
手早く両腕を前後させて、ヒューリューリーの体を掴んで手繰りよせると、勢いをつけて船内に飛び込む。
「助かった。ありがとよ。ヒュー…」
足下に小さな光が閃き、とっさに反応して身を躱したジムドナルドの横を、爆発物の破片が飛んでいった。
ジムドナルドが手を伸ばして、ヒューリューリーを掴み直すより早く、何個かの破片が、ヒューリューリーの細い体を直撃した。
糸のほつれが解けるように。
ヒューリューリーの体が、宇宙へ吸い込まれていく。
ザワディが飛んで、ヒューリューリーを追って、穴から宇宙に消えた。
続いて外へ出ようとするビルワンジルの肩を、ジムドナルドがつかんだ。
「時間がないんだ」ジムドナルドが言った「ビルワンジル、お前には、これから立ちふさがる胞障壁を蹴散らしてもらわなけりゃならない。…時間がないんだ」
ジムドナルドは、天井に空いた穴を通して虚空を見つめた。
「頼んだぞ。ザワディ」
漆黒の宇宙空間を、紐が漂っている。
ザワディは、すぐに追いついて、ヘルメットで、こんこん、紐をつつくのだが、
紐のほうにやる気がない。
しきりに紐をこづくザワディに根負けしたのか、ヒューリューリーは頭部の操作盤を開けた。ザワディにだけ回線を開く。
「なんかねぇ、体中が痛いんですよ」
いったん操作盤を叩き出すと、その性格からして、ヒューリューリーは饒舌だ。
「悪いんですけどね。ザワディ、もう、巻きつくだけでも辛いんです。だから、その、ほっといてもらえます?」
ザワディは、聞こえないふりで、ヒューリューリーをしきりにこづく。
「ねぇ、ザワディ、さっきのジムドナルド見ましたか? やっぱり、ジムドナルドは私がいないと駄目ですよねぇ。私があのとき、体を伸ばさなかったら、彼が私の体をつかんでデルボラ=ゼルに戻れなかったら、いまの私の代わりに、ジムドナルドがここにぷかぷか浮いてるんですよ。本当に、ジムドナルドは危なっかしい。私がいなかったら、ジムドナルドは、本当に…」
ザワディは、くうん、と哭いた。肯定では、なかったと思う。
「ザワディ、おかえり」
ヒューリューリーの打鍵速度は、どんどん遅くなって、音声変換のアルゴリズムが暇を持てあまして、ラグが出るほどだった。
「もう、私のことはいいんです。もともと私は、光子体になるための紐状人の実験要因で、とうの昔に、光子体変換に失敗して、宇宙に拡散する運命だったんです。でも、その運命は変わった…」
ヒューリューリーの頭部は、操作盤を叩くのに夢中で、それ以外のことには、まるで意識がむかないようだったが、操作盤を押す間隔は、とても遅く、専用の変換回路ですら、その意味を解析するのが困難なほどになった。
「たのし…い、とても…、たのしい、たび、でした。わたし、は、せるれす、を、こえて、みんなと、じむどなるど、と、ざわでぃ、と、たびをして、いろんなものを、みた」
ザワディは、こづく、というより、全身全霊で頭突きしていた。ヘルメットがなければ、このだらしない紐に、噛みつくことも厭わなかったろう。
「ああ、いたい、い…たい、ざわでぃ、もう、いいから、かえって、みんなのところに、かえって、…いいん、です、もう、わたし、は、いい…、あそこで、じむどなるどが、でるぼら=ぜる、に、もどるために、わたしを、つかんで、さきに、すすむために、ジムドナルドが先に進むために、その手助けになるために、そのためだけに私が生まれたのだったら、この細長い体も、そのためであったなら、素晴らしい、なんて素晴らしい人生だろう。あの一瞬のためだけでも、私の生きてる価値はあった。満足だから。だから、もういいから。ザワディ、帰って、みんなのところに。私は、いいから…」
不意にヒューリューリーを持ち上げるものがあった。
疲れきった身体に受けた衝撃と激痛よりも、その主を認めて、ヒューリューリーは驚愕した。
――レウインデ
ヒューリューリーの全身に激痛が走る。レウインデは、めんどくさそうにヒューリューリーの体を、ザワディに巻きつける。
――レウインデ、何故? 光子体のあなたに物質である私を触ることなどできないはず
「宇宙皇帝と対決するときの切り札にするつもりだったんだけどなあ」
レウインデはぼやいたが、その口許は、何故か嬉しそうだった。
「まさか、こんな紐、巻きつけるのに使う羽目になるとはねぇ。ザワディ、ちょっとだけ我慢してね」
ヒューリューリーの体調などおかまいなしで、しっかりとザワディに結わえつける。
「さあ、これでよし。ザワディ、あとは、よろしく頼むよ」
あおん、と一声哭くと、ザワディはヒューリューリーを体に巻きつけて、デルボラ=ゼルをめざす。
「ヒューリューリー、君には感謝してるんだ」
小さく点になって遠ざかるザワディを見送りながら、レウインデは言った。
「君に習って、地球の映像をたくさん見た。これだ、と思ったよ」
レウインデは背筋を伸ばし、何かを胸に抱えるポーズをとった。
「吟遊詩人、私は、最初から、吟遊詩人になるべきだったんだ。この宇宙、すべてを旅して、疲れた旅人に詩を詠って励ますのさ。私にぴったりの職業じゃないか」
レウインデは、その胸に実際には存在しない竪琴をかき鳴らしつつ詠う。
「最初の詩は何にしようか? そうだ、胞障壁を超えて、がいいな。私は胞障壁なんか超えたことないけど。なあに、そんなことは、私の才能をもってすれば、ぜんぜん、問題にもなりゃしない」
ザワディの消えた空間は、背景に巨大なデルボラ=ゼルをたたえている。そのデルボラ=ゼルを眺めつつ、レウインデは目を細めた。
「でも、それは、後の話しだ。いまは、この決着を見届けよう」




