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ワンダー7  作者: 二月三月
始まりの終わり

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218/251

虚実の果て(4)

 

 閃光が走り、壁を伝って振動が襲うも、肝心のゲートは四隅が壊れただけで、通路の中央を塞いでいる。

 ジムドナルドはゲートの真ん中を思いきり蹴とばしたが、少し揺れる程度で倒れる気配はない。

「ここは外壁が近いから、ゲートも厚いんだな。しくじった」

 ジムドナルドは、損傷の大きい上部に、多めに爆薬をしかけると、皆を下げさせた。

 自分も壁の障害物に身を隠すと、再びスイッチを押す。

 1秒、2秒、3秒…

「なんだ? 不発か?」

 ビルワンジルが一歩踏み出した瞬間、

「危ないッ、下がれっ」

 ジムドナルドが、ビルワンジルをかばって突き飛ばしたのと同時に、目もくらむ光が、周囲を満たした。

 天井を突き抜けて、デルボラ=ゼルの外壁まで吹き飛ばした爆風が、勢いを駆って、ジムドナルドを巻き上げる。

 宇宙(そと)に、はじき出されたジムドナルドは、スラスター出力全開で抗した。

 すんでのところで態勢を立て直し、スラスターを操って、いま空いたばかりの穴に突進する。

 ほどなく距離はつまって、すぐに室内が見える位置までたどり着けた。スラスターに制動をかけ、微動側に制御を切り替える。

 ジムドナルドの体が止まった。

 穴から見える。ビルワンジルが、ボゥシューとサイカーラクラが見える。

 スラスターの微動スイッチを押すが、まったく動かない。

 メインの駆動スイッチを入れた。

 動かない。

「おーい、誰か」ジムドナルドはヘルメット内のマイクに向かって言った「俺を引っ張ってくれ。スラスターがイカレタ(丶丶丶丶)らしい」

 ジムドナルドの眼前に、だらん、と一本、ロープが伸びた。

 ヒューリューリーの宇宙服だ。もちろん、中身も入っている。

 一瞬、躊躇したジムドナルドだが、まあ、いいか、と目の前に差し出されたロープ(丶丶丶)をむんずと掴んだ。

 手早く両腕を前後させて、ヒューリューリーの体を掴んで手繰りよせると、勢いをつけて船内に飛び込む。

「助かった。ありがとよ。ヒュー…」

 足下に小さな光が閃き、とっさに反応して身を躱したジムドナルドの横を、爆発物の破片が飛んでいった。

 ジムドナルドが手を伸ばして、ヒューリューリーを掴み直すより早く、何個かの破片が、ヒューリューリーの細い体を直撃した。

 糸のほつれが解けるように。

 ヒューリューリーの体が、宇宙(そと)へ吸い込まれていく。

 ザワディが飛んで、ヒューリューリーを追って、穴から宇宙(そと)に消えた。

 続いて外へ出ようとするビルワンジルの肩を、ジムドナルドがつかんだ。

「時間がないんだ」ジムドナルドが言った「ビルワンジル、お前には、これから立ちふさがる胞障壁(セルレス)を蹴散らしてもらわなけりゃならない。…時間がないんだ」

 ジムドナルドは、天井に空いた穴を通して虚空を見つめた。

「頼んだぞ。ザワディ」

 

 

 漆黒の宇宙空間を、紐が漂っている。

 ザワディは、すぐに追いついて、ヘルメットで、こんこん、紐をつつくのだが、

 紐のほうにやる気がない。

 しきりに紐をこづくザワディに根負けしたのか、ヒューリューリーは頭部の操作盤を開けた。ザワディにだけ回線を開く。

「なんかねぇ、体中が痛いんですよ」

 いったん操作盤を叩き出すと、その性格からして、ヒューリューリーは饒舌だ。

「悪いんですけどね。ザワディ、もう、巻きつくだけでも辛いんです。だから、その、ほっといてもらえます?」

 ザワディは、聞こえないふりで、ヒューリューリーをしきりにこづく。

「ねぇ、ザワディ、さっきのジムドナルド見ましたか? やっぱり、ジムドナルドは私がいないと駄目ですよねぇ。私があのとき、体を伸ばさなかったら、彼が私の体をつかんでデルボラ=ゼルに戻れなかったら、いまの私の代わりに、ジムドナルドがここにぷかぷか浮いてるんですよ。本当に、ジムドナルドは危なっかしい。私がいなかったら、ジムドナルドは、本当に…」

 ザワディは、くうん、と哭いた。肯定では、なかったと思う。

「ザワディ、おかえり」

 ヒューリューリーの打鍵速度は、どんどん遅くなって、音声変換のアルゴリズムが暇を持てあまして、ラグが出るほどだった。

「もう、私のことはいいんです。もともと私は、光子体(リーニア)になるための紐状人(サイユル)の実験要因で、とうの昔に、光子体変換に失敗して、宇宙に拡散する運命だったんです。でも、その運命は変わった…」

 ヒューリューリーの頭部は、操作盤を叩くのに夢中で、それ以外のことには、まるで意識がむかないようだったが、操作盤を押す間隔は、とても遅く、専用の変換回路ですら、その意味を解析するのが困難なほどになった。

「たのし…い、とても…、たのしい、たび、でした。わたし、は、せるれす、を、こえて、みんなと、じむどなるど、と、ざわでぃ、と、たびをして、いろんなものを、みた」

 ザワディは、こづく、というより、全身全霊で頭突きしていた。ヘルメットがなければ、このだらしない紐に、噛みつくことも厭わなかったろう。

「ああ、いたい、い…たい、ざわでぃ、もう、いいから、かえって、みんなのところに、かえって、…いいん、です、もう、わたし、は、いい…、あそこで、じむどなるどが、でるぼら=ぜる、に、もどるために、わたしを、つかんで、さきに、すすむために、ジムドナルドが先に進むために、その手助けになるために、そのためだけに私が生まれたのだったら、この細長い体も、そのためであったなら、素晴らしい、なんて素晴らしい人生だろう。あの一瞬のためだけでも、私の生きてる価値はあった。満足だから。だから、もういいから。ザワディ、帰って、みんなのところに。私は、いいから…」

 不意にヒューリューリーを持ち上げるものがあった。

 疲れきった身体に受けた衝撃と激痛よりも、その主を認めて、ヒューリューリーは驚愕した。

――レウインデ

 ヒューリューリーの全身に激痛が走る。レウインデは、めんどくさそうにヒューリューリーの体を、ザワディに巻きつける。

――レウインデ、何故? 光子体(リーニア)のあなたに物質である私を触ることなどできないはず

宇宙皇帝(デルボラ)と対決するときの切り札にするつもりだったんだけどなあ」

 レウインデはぼやいたが、その口許は、何故か嬉しそうだった。

「まさか、こんな紐、巻きつけるのに使う羽目になるとはねぇ。ザワディ、ちょっとだけ我慢してね」

 ヒューリューリーの体調などおかまいなしで、しっかりとザワディに結わえつける。

「さあ、これでよし。ザワディ、あとは、よろしく頼むよ」

 あおん、と一声哭くと、ザワディはヒューリューリーを体に巻きつけて、デルボラ=ゼルをめざす。

「ヒューリューリー、君には感謝してるんだ」

 小さく点になって遠ざかるザワディを見送りながら、レウインデは言った。

「君に習って、地球の映像をたくさん見た。これだ、と思ったよ」

 レウインデは背筋を伸ばし、何かを胸に抱えるポーズをとった。

「吟遊詩人、私は、最初から、吟遊詩人になるべきだったんだ。この宇宙、すべてを旅して、疲れた旅人に詩を詠って励ますのさ。私にぴったりの職業じゃないか」

 レウインデは、その胸に実際には存在しない竪琴をかき鳴らしつつ詠う。

「最初の詩は何にしようか? そうだ、胞障壁(セルレス)を超えて、がいいな。私は胞障壁(セルレス)なんか超えたことないけど。なあに、そんなことは、私の才能をもってすれば、ぜんぜん、問題にもなりゃしない」

 ザワディの消えた空間は、背景に巨大なデルボラ=ゼルをたたえている。そのデルボラ=ゼルを眺めつつ、レウインデは目を細めた。

「でも、それは、後の話しだ。いまは、この決着を見届けよう」

 


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