虚実の果て(2)
ジムドナルドは、多目的機の壁面半分を使い、デルボラ=ゼルの見取り図を表示した。
「目的の部屋はここだ」
見取り図の中央が赤く点滅する。
「前回、デルボラがミウラヒノといた部屋だ。途中ではぐれたら、ここを目指してくれ」
「はぐれる、か」
ボゥシューのつぶやきに、ジムドナルドが答えた。
「前回も、一度、バラバラにされた。デルボラが言うには、1人ずつ話しがしたかったらしい。今回は、新しい顔もいるしな、似たようなことをしてくる可能性はある」
「素直に分離されるのも、どんなものかな」
「まあ、そのへんは臨機応変にやってくれ、本当に、やばそうになったら、何とかする」
「デルボラは、何の話しがしたいんだ?」
「よもやま話だろ? 前回もそんなもんだった」
「よもやま話?」
「だって、初対面で、そんな、立ち入った話しとかできないだろ」
「それもそうか」
ジルフーコが操縦室から出てきた。自動操縦に切り替えたようだ。
「ボクは、多目的機に残って待ってるよ」壁面ディスプレイの見取り図を見ると、ジルフーコは、皆に向かって言った「帰りのこと考えたら、1人は残ってたほうがいいんじゃない? 何かあったら迎えに行けるしね」
「それは、そのほうがありがたいけど」意外だな、という顔でボゥシューが尋ねる「ジルフーコは、デルボラには興味ないのか?」
いや、と、ジルフーコは首を振った。
「完全情報体だったとき、デルボラとは、ちょっと話ししたから。もう少し、落ち着いたら、また話しするのもいいけど、今回はパスかな」
「…あ、そ」
「デルボラ、って、どんな人でした?」
サイカーラクラの質問に、ジルフーコは、少し考えてから答えた。
「わりと、普通の人だったよ」
「普通…、ですか」
「完全情報体には、がっかりしてたみたいだったけどね」
「がっかり…、ですか」
「まあ、できること、限られてるしね。ボクもそれで戻したぐらいだから」
「だいたいが、夢見すぎなんだよ」
ジムドナルドが割り込んで論評した。
「完全情報体なんざ、いわゆる完全観測者みたいなもんだろ? 全事象を観測できるが何も影響を与えない。宇宙の全てが知りたい、なんていうマゾっ気のあるやつには人気だろうが、何かしたいことがあるやつには、不便以外の何者でもない。歌わない吟遊詩人ってやつだ」
「ま、ジムドナルド向きじゃないのは、確かだね」
ジルフーコは、くく、と笑った。
「や、ザワディ、これは、あなたのおもちゃではない。やめてください」
エイオークニは、たしなめるのだが、ザワディは木刀に御執心らしく、前肢でさかんにちょっかいをかけてくる。
「へえ、ザワディ、木刀は好きなんだな。俺の槍には見向きもしないのに」
そう言うビルワンジルに、ヒューリューリーは異論を申し立てた。
「木刀ではなくて、ジムドナルドの棒だと思っているんでしょう」
「ジムドナルドの棒? なんだそりゃ?」
「ザワディとジムドナルドの遊びなんですよ」
ヒューリューリーは説明した。
「最初は、ジムドナルドが、棒を投げてですね。それをザワディが取ってくる。そうやって、遊んでいたわけですが、そのうち、ザワディが飽きてしまって。それで、ジムドナルドが棒を投げても取りに行かなくなったんですが、それでも、ジムドナルドは投げる。ザワディは行かない。で、ジムドナルドは自分で投げた棒を自分で取りに行って、ほら、ザワディ、こうだ、とかやるんですけど。それがザワディには面白いらしく。ジムドナルドが投げて、自分で取りに行くのを、じっと見てるんです。たぶん、それをやって欲しいんじゃないかと…」
ビルワンジルとエイオークニは顔を見合わせた。
「ザワディ、さすがに、それはできませんねぇ」
エイオークニが言うと、ザワディは、あおん、と悲しそうに哭いた。
「狭いからな、ここは」
ビルワンジルが慰めた。
「いまは忙しいからな。暇になったら、きっと、ジムドナルドが遊んでくれるよ。それまで我慢だ。ザワディ」
「そろそろ、らしいよ。ダーから連絡があった」
ジルフーコの言葉を、背中でやり過したジムドナルドは、生き物のように脈動する胞障壁の群体を一心に見つめていた。
ゆっくりとではあるが、膨張するそれの中心には、デルボラ=ゼルがあるはずだった。
不定形に蠢くそれ、しかし、その変化を、ジムドナルドは見逃さなかった。
「さすがだな、イリナイワノフ」
胞障壁の群体に、網目のように亀裂が走り、その裂け目から、光条がほとばしる。
漏れ出る光条に位置を合わせ、スペクトル分析をしたジムドナルドが、舌打ちした。
「波数依存のないフラットな高エネルギーだね」
ジルフーコの言葉に肯いたジムドナルドは、そのまま質問を投げ返した。
「次元変換駆動機関の暴走か?」
「暴走、とまでは言えないかな」ジルフーコは答えた「デルボラ=ゼルの設計では、制御の半分以上をデルボラ自身がこなしている。デルボラも情報体だから、そのほうが効率がいいんだ。普段の状態なら問題ないが、いまのデルボラでは、次元変換駆動機関を抑えつけるのは、ちょっと荷が重いのかもね」
「どうすればいい?」
「次元変換駆動機関を、デルボラから切り離して、止める」
覆う胞障壁が引きちぎられ、輝く光球があらわになった。
その光球の中心に、ジルフーコは多目的機の船首を向けた。
「と言うわけで、予定変更だ」
ジムドナルドは、皆に向かって言った。
「先に、デルボラ=ゼルの次元変換駆動機関を停止する。暗いのも困るが、まぶしすぎるのも、厄介だからな」




