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ワンダー7  作者: 二月三月
始まりの終わり

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壁の中の夢(5)

 

 周囲の燦然がやわらぎ、視界が戻ってきたとき、最初は、宇宙船(ボード)に帰ったのだと思った。

 いや、ボゥシューがいたのは、確かに宇宙船の管制室だったのだが、

 管制室は、宇宙船(ボード)のものに良く似ていた。いや、宇宙船(ボード)よりも小宇宙船(ダート)の管制室に似ていた。

 管制室には、ボゥシューしかいなかった。

 いや、

 操縦席に漠然とした光の塊があった。

 光は宇宙船を操縦しているのだろう。

 それ以外には、光がそこに凝っている理由を思いつけなかった。

 光子体(リーニア)であろう、その光は、胞障壁(セルレス)の中で、外形を整えるすべ(丶丶)を失っていたが、ボゥシューには、それが誰だかわかっていた。

 光子体(リーニア)はボゥシューに気づかなかった。胞障壁(セルレス)を乗り超えることに夢中で、他の何にも注意が及ばないのだろう。だが、彼の挑戦は、望み薄だ。胞障壁(セルレス)は、接続された胞宇宙(セルベル)への可能性を狭め、いまや、クモの糸のようにか細い道しか残っていない。そして、彼は、それに気づかない。

 そうやって、何度も彼は、胞障壁(セルレス)踏破に失敗した。幾万の失敗の果て、成功したのは数えるほどしかない。

 ボゥシューは、ただ、彼を眺めているしかなかった。

 どれだけ、そうして眺めていただろう。

 胞障壁(セルレス)に時の流れはなく、それは一瞬とも、永遠とも言えた。

 静寂の空間の中。

 いや…?

「…チガウ、ダメ、ミチ、チガウ…」

「コワイ…、シッパイ、私、コワイ…」

 小さな囁きが、光の中から、聞こえてくる。

 操縦している光ではない、何かが、光の中にいる。

「もっと大きな声で、叫べ」ボゥシューは、中の声に叱咤した「そんな小さな声じゃ、ソイツには聞こえないぞ」

「ダレ?」

 声は驚いて問い返した。

「この人ニハ、私ノコエ、キコエナイ。キコエル、あなた、ダレ?」

「オマエの姉だ」

 何故、そんなことを言ったのか、わからない。

「アネ? オネエサン? お姉さん?」

 声は戸惑いつつも、落ち着きを取り戻しつつあるように聞こえた。

「そうだ、姉さんだ」ボゥシューは、繰り返した「だから、ワタシの言うことを聞くんだ。ソイツは道を間違えている。オマエが正しい。道を…、正しい道を行け」

「お姉さん、オネエサン。イッショニ、キテ」

「それは、ダメだ」

「ドウシテ?」

 突然現れた光明にすがりつくように、声がまとわりついてくる。

「イッショニ、オネエサン、お姉さんと一緒に行きたい。おねがい、お姉さんと…」

「いまは、行けないんだ」ボゥシューは、声に向かって言い聞かせる「でも、ここを抜けたら、一緒に行こう。オマエと一緒に旅をしよう」

「タビハ、イヤ。コワイ…」

「こんどの旅は、怖くない。とても楽しいんだ。ワタシもいるし友達も一緒だ。みんないい奴だ」

「トモダチ、お姉さんのトモダチ」

「ワタシの友達で、オマエの友達だよ」

「私のトモダチ?」

「そうだ、友達とオマエと、それにワタシも一緒に、とても長い旅だ。サイユルにもベルガーにも行く。とても長くて楽しい旅だ。だから…」

 ボゥシューは、ここで言葉を切り、操縦席に蠢くぼんやりとした光を指差した。

「何とかアイツを引っ張って、ここを抜けるんだ。オマエが正しい。ここを抜ければ、また、会える、だから…」

「イヤ、オネガイ、イッショニ、イッショニ、オネエサン…」

 どちらの胞障壁(セルレス)か、わからない渦に巻き込まれ、全てが白へと還元される。

 

 気がつくと、ボゥシューは、部屋の片隅に浮いていた。

 そこは夜の実験室で、壮齢の研究者が1人居残っている。

 煌々と照る明かりの下、彼の見つめる机の上には、凍結アンプルが2本。

 アンプルを見続けていた彼は、やがて、嘆息すると、アンプルを取り、冷凍保管庫に戻そうとした。

それをやるんだ(テュ フェ)

 フランス語で叫ぶボゥシュー。

 本来、聞き取れるはずのない声を聞いた研究者は、うろたえて、あたりを見まわす。

それをやるんだ(テュ フェ)

 もう一度叫んだボゥシューの言葉に呼応するかのように、部屋全体が渦を巻いて回りだした。

 その渦の中心で、研究者の手がアンプルを開けるのを確認したボゥシューは、聞き取れないほどの小声で、独り言ちた。

「恨むなよ、ジルフーコ。サイカーラクラには、オマエが必要なんだ」

 

 操縦席に座るジムドナルドに、背後から近づいたボゥシューが、声をかけた。

「たいしたもんだな。ちゃんと胞障壁(セルレス)を超えたぞ」

 まあな、と答えて、ジムドナルドは操縦系を自動に入れる。

 振り向いたジムドナルドの顔は、やつれてはいたが、それなりに生気は残っていた。

「このまま、デルボラ=ゼルまで一直線だ」

「休まなくていいのか」

 めずらしく気づかうボゥシューに、ジムドナルドは、豪快に笑った。

「休みたいのは、やまやまだけどな。まあ、いくら、あいつでも、そう長くはもたないだろう? できるだけ早く、事を終わらせなけりゃいけない。そうだよな」

 ああ、そうだな、とボゥシューも答えた。

 


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