壁の中の夢(1)
「やっぱり違う」
極彩色の闇と光が混じりあう中、イリナイワノフが呟いた。
「どこが違う?」
ビルワンジルの問いに、わずかに首を傾けたイリナイワノフは、一瞬、ジムドナルドに目をやるが、また、ビルワンジルに視線を戻し、首を振る。
「わからない」
そうか、と応じたビルワンジルは、イリナイワノフの頭を優しく撫でた。
「世界の変わる瞬間は、何度通り過ぎても、やはり、慣れないものです」
「世界が変わる?」
ヒューリューリーの声がしたような気がして、エイオークニは振り返った。
が、そこには誰もいない。
「胞宇宙から胞宇宙へ、それは、世界が変わること」
ヒューリューリーでは、なかったかもしれない。とにかく、サイユルは不思議だ。
「変わるのは、世界、だけですか?」
「私が変わる」
「私も変わる?」
「あなたは変わらない。みんな変わってしまったら、変わったことに誰も気づかない。変わったのだから、あなたは変わらない」
誰だろう?
「私も変わりたい」
「無理です」
「どうして?」
「世界は、思い通りにはならず、思ったようにしかならないから」
「でも、私も変わる」
「そう、あなたは変わる。変わらないのは、胞障壁」
「胞障壁?」
「胞障壁は変わらない」
「何故?」
「虚は移ろいをもって流されてゆく、とどまることを知らない変遷は、それ自体、変わることができない唯一のもの」
「それが真実ですか?」
「真実か、と問われれば、それは、真実。曰く、真実など瞬く数多の星ほどもある。唯一無二は、真実ではなく事実」
「真実は事実と違う?」
「真実は、解釈なしには生まれない。事実を解釈したのが真実で、だから、人の数ほどの解釈があって、人の数ほどの真実がある」
音のないはずの空間で、耳をつんざくような轟音がした。
「私はもともと本を読むのが好きで、小さいころは、ずっと、本ばかり読んで一日を過ごしていました」
いつの間に、ボゥシューの傍らにサイカーラクラがいた。
いつものことだ。
「でも、それは、私の記憶違いで、接続された情報キューブからの情報を吸い上げていたのでした」
「でも、それも、また、嘘で、私は、やっぱり本を読むのが好きだったのです」
「お姉さん」と、サイカーラクラがボゥシューを呼んだ「あの頃は、いつもお姉さんが、本を読んでくれていたのです。私は、お姉さんの読んでくれる本のお話しが、本当に好きで…」
「ああ、そうだったな」
ボゥシューは、意図せず、相槌を打っていた。
「本はよく読んだ。ひとりで読んでいたけど」
「もともと、お姉さんが、最初にいたのです。お母さんとお父さんは、そのあとにできました」
「胞障壁のように?」
「そう、胞障壁のように」
まだらな暗光が、ボゥシューとサイカーラクラをさえぎり、サイカーラクラの顔に極彩色の影を落とした。
「それから、お友達ができました。たくさん、6人も、でも、お姉さんもいた。お姉さんも友達。でも、喧嘩した。私が顔を隠したから。怖かったのです。いろんなものが。幸せでした。幸せになったから、とても怖かった」
「ワタシも怖かった。幸せで気が狂いそうになった。もしかしたら、その時、狂ったのかもしれないけど」
「お姉さんも怖かったのですか?」
ボゥシューは、それには答えず。逆巻く闇の中心を指した。
「ジルフーコが呼んでるよ」
「ジルフーコは、私の友達」
サイカーラクラが微笑むと、彼女の身体が霞んだ。
「はじめは、お姉さんの友達なのだと思っていました。でも、ジルフーコは私の友達でした」
「そうだよ、サイカーラクラ」霞むサイカーラクラの笑顔に、ボゥシューは、言葉を重ねた「オマエの友達だ。永遠の」
「あの人を捜しに行くのですね」
「ああ」
「お姉さんと同じ髪の色の、お姉さんと同じ瞳の、お姉さんと同じ気難し屋の、お姉さんと同じで、なんでも頼みを聞いてくれる、あの人を捜しに」
「そうだ」
「はじめ、私は、あの人を好きなのだと思っていました。でも、違いました。それほど、あの人は、お姉さんに似ていたのです」
「聞きたいことがあるんだ」
荒れ狂う極彩色の闇に圧し潰されそうになりつつ、ボゥシューが叫んだ。
「見つけたからって、聞けるかどうかはわからない。それでも、聞くには、まず、アイツを見つけなくちゃいけないんだ」




